シニアになると子供は大抵独立しているし、仕事も辞めていればそれまでに築いた人間関係は失われてゆく。年齢が高くなればなるほど配偶者や友人、知人を失っていくので、孤独になる人が少なくない。孤独なシニアは人間的なコミュニケーションや触れ合いを求めるようになる。だから彼らへの対応では心のつながり、いわゆるハイタッチが大切なのだ。例えば、車に乗ったまま買い物が出来るようにしたドラッグストア・ウォルグリーンのドライブスルー機能も、彼らの便利さを考えて導入されたものだが、実際には余り利用されていない。これを頻繁に使うのはむしろ忙しい人や小さな子供を抱えた人たちである。時間に余裕があるシニアにとってスピーディーなサービスはそれほど重要ではなく、テクノロジーに対して抵抗感が強いこともあるが、ヒューマンタッチを欲する人が多いことが影響している。シニアにとっては店での買い物がレクリエーションになっているケースもある。マクドナルドを見てもシニアの人々は仲間と店内でゆっくり食 事をしており、ドライブスルーを利用しているのを見たことが無い。
こうしたシニアを狙ったマーケティングでは、心のつながりを考慮することなく、単にモノを売るだけというのでは必ず失敗してしまう。段差の無い床、手すりがついたトイレ、店の入り口に一番近いシニアや障害のある人用の駐車場スペース、明るい照明などのハードだけではなく、ソフトのバリアフリーも非常に重要なのだ。ソフトのバリアフリーとは、シニアの人々にとって心理的に居心地が良いということだ。フレンドリーな笑顔と挨拶は最も手っ取り早いコミュニケーションの方法である。米国にチコ(Chico)というファッション店がある。ターゲット顧客は中高年の女性だ。そのためゆったりしたサイズの楽に着られる衣服が多い。店内にいる従業員の殆どはこれも中高年の女性だ。シニアのお客はその人たちとの会話を楽しんでいる。そのついでに品物を購入しているという状況だ。
この点に注目したある小売業は「一にも二にも笑顔の挨拶」をモットーに揚げ、従業員に笑顔を徹底させた結果、シニアの売上げが大きく伸びたという。シニアは従業員とのおしゃべりや触れ合いを求める傾向が強くなるから、心のつながりを作るホスピタイリティからアプローチするのが効果的だ。手紙やはがきを定期的に送るのもいい。手書きが望ましいが、印刷物でも一言書き添えるだけで効果が上がる。それによって自分の存在が忘れられていないことが確認できるからだ。その一方、彼らは人生経験が豊かで、人を見る目もあり警戒心も持ち合わせているので、うわべだけの対応では簡単に見透かされるからなかなか難しい。
拙宅の周辺では行商人の姿を良く見かける。豆腐、野菜、パンなどを販売している。豆腐を積んだリヤカーがラッパをプーと鳴らすと、お客が家から出てくるのだが、その中にはシニアのお客が多い。「もっとちょくちょく来て!あなたが来るのを待っているのよ。」とか「頑張って働いてね。体に気をつけなさいよ。」などと言葉を交わしている。私もある時その行商の豆腐屋さんから豆腐、納豆、ひじきの煮つけを買いながら「一日どの位売れるの?」と尋ねたら、「自分は1日4万円位だが、よく売る人は7万円も売る」と答えてくれた。「良いお客様は年配の方たちで、お孫さんの話などの世間話をすると常連客になってくれる」と言っていた。
人間は年を取ると保守的になり、なじみを作りたがる。一方ヤングは次から次へと流行を追いかける。原宿にあるヤングギャル向けのファッション街は始終店が変わっている。その年代層にとっては、いつも同じブランドや店の商品を使っているのは時代遅れという感覚になるからだ。ヤング相手のビジネスは使い捨て文化だが、シニアは違う。化粧品にしても、若い時から使っているメーカーの商品を好むことが多い。あるドラッグストアで昔からあるブランドの化粧品を見かけた。店長へ今どきの商品と入れ替えたらと言ったところ、この辺りは昔からの住宅街で中高年の方々が多く、シニアのお客様の中にはこのブランドでなければ駄目という方がいるので、定番としておかなければならないという説明があった。大人用の紙おむつメーカが着脱しやすいように考えて改良した商品を市場化したところ、使用者から多くのクレームが来たという。「以前の紙おむつの方が慣れていて使いやすい」という。またある店ではお客が買いやすいようにと店内レイアウトを変えた。するとこれにも顧客からクレームが来た。「どこに何があるか分からない」という声が余りにも多かったため急遽元の売り場に戻すことにしたという。
数十年前のことになるが、世界最大の清涼飲料水メーカーコカ・コーラが新しいコカ・コーラの発売に当り莫大な経費を使って調査を行ったところ、米国人はそれまでのコカ・コーラより新しく発売されるコカ・コーラの味の方を支持するという結果が出た。そこでそれまでのコカ・コーラを引き上げて新製品に切り替えたところ、不買運動が始まった。米国の消費者にとって、慣れ親しんだコカ・コーラの味は、国旗と同じように米国の象徴なのだ。だから、人生を共に歩んだコカ・コーラの味を勝手に変えてしまったことに対して彼らから怒りの声が上がったのだ。コカ・コーラ社はあわてて従来のコカ・コーラを「コカ・コーラクラシック」というブランド名で市場に戻した。長年なじんだものを変えることは難しい。
「とげぬき地蔵」で有名な巣鴨地蔵通り商店街は、入り口から800メートルの間に約190軒の店がある。割烹着、シニア用の肌着、中将湯、実母散、昔からの塗り薬、湿布クスリ、毛染め、ろうそくなどシニア向けの商品が豊富な品揃えで揃えられている。毎月「四の日」の縁日ともなると、約3万人の人で賑わい身動きも取れなくなる。殆どが中高年の女性だ。店に入れば椅子やお茶を出してくれる。おしゃべりもしてくれる。病気の時には気遣ってもくれる。「からだのトゲはとげ抜き地蔵で、心のトゲは商店街で抜きましょう。」をコンセプトに商品を販売しながら家庭では聞いてもらえないような愚痴にも耳を傾け、お客のストレスを和らげてくれる。「たった一言が人の心を傷つける。たった一言が人の心を暖める。」を良く知っているのだ。この商店街はシニアに生きる力を提供し、商品と一緒に「元気」を持って帰ってもらっている。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
■全米No.1のドラッグストア ウォルグリーン
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