セルフサービスの店では、POPは「サイレントセールスマン」と呼ばれる。POPとは「Point of Purchase」(購買時点広告)の略だが、対面販売における販売員の代わりとしてお客に声を掛けているのである。お客は買い物をしているとき、1分間に300以上のアイテムの前を通過する。POPはお客の関心を引き、衝動買いを誘い、陳列場所を知らせるアイキャッチの役割を果たしている。
米国のある調査によると、「POPによる売上げ効果」と「POPと衝動買いの関係」は次のように報告されている。
【POPによる売上げ効果】
商品POPの添付 | 18%のアップ |
商品情報サイン | 33%のアップ |
特別価格サイン | 124%のアップ |
チラシ商品のサイン+特別価格サイン | 194%のアップ |
また、POPAI(ポパイ)の調査は「POPと衝動買いの関係」を商品別に次のように報じている。
【POPと衝動買いの関係】
商品 | 衝動購買率(%) |
化粧品 | 23 |
たばこ | 13 |
医薬品 | 25 |
家庭用雑貨 | 23 |
女性衛生用品 | 18 |
男性化粧品 | 24 |
しかし情報が溢れかえっている今日、POPの付け過ぎは逆効果である。ゴンドラ1本に7枚までを目安とする。街には看板、ポスター、道路標識、ショーウィンドー、家やオフィスではテレビ、新聞、ラジオ、雑誌、インターネット、ダイレクトメール、チラシ、口コミ、店ではPOP、店内放送、テレビ、ビデオ、そのほか多数のメディアを通して情報が入ってくる。これらの情報をすべて処理しようとしたら、自分の時間とエネルギーの大半を消費することになってしまう。まさに、現代は情報が多すぎて処理しきれない「情報オーバーフロー環境」にある。
米国の小売業でも以前は日本と同じように数多くのPOPを店内に貼っていた。しかし、最近ではPOPの数が減り、どうしても訴求したい商品のみに絞ってPOPを付けるようになった。
■ウォルグリーンはPOPに対して次のような考え方をしている。
現在、ウォルグリーンはPOPをコンピュータで打ち出し、従業員の手を煩わせなくて済む仕組みにしている。しかし、機械製作のPOPは魅力に乏しいので、パブリックスなどのスーパーマーケットでは生鮮食品コーナーに黒板・白板を持ち込み、カラーペンでPOPを描くようになった。黒板・白板ならば、書いたり消したりできるからで、入荷したばかりのお薦め商品を書いて、売れてしまったら消し、常にお客に新鮮イメージを与えることができるからである。
小売業に従事する人は、POP作りにおいて次の事柄を注意する必要がある。
POPで最も大切なことは、パッとお客の目につくことである。光る素材、目立つ色彩、変わった形などが使われるのはそのためである。また、多すぎるPOPは、お客にすべて無視される。お客に訴えたい情報だけに絞る。人間の短期記憶容量は小さく、7つ程度しか頭に入らないからである。
POPに訴求したいことをたくさん書いても、お客は短時間しか見てくれない。興味を引いたものに対しても、短期記憶時間は15秒程度なので、その時間内に読める文面にする。
また、心理学者ミラーの実験によれば、処理すべき情報が多いほど間違いをする確率が高くなる。要するに、多すぎる情報は混乱を招くだけで、お客にとっては買物しにくくなるだけである。
米国では最近、POPの方針を3S(Simple・Straight・Strong)に絞った。
インパクトを与える言葉は、お客から客観的な思考力を奪ってしまう。例えば、米国ではスーパーマーケットが鮮度を訴求する商品に“Just Arrived”というPOPを付けることがある。今到着したばかりというイメージをつくるためである。冷静に考えれば、ほとんどの商品がその日あるいは前日に届いたものであって、鮮度にはほとんど差がない状態である。しかし、お客はこの“Just Arrived”というPOPに引かれて購入する。これは一種の「フレーミング効果」という先入観を持たせた効果だ。
人の気持ちを明るく幸せにするポジティブな表現がよい。人間は「自己防衛的回避」、つまり受けた恐怖感が強すぎると、コミュニケーションの重要性を無視したり、過小評価する心理が働くからである。人間は体に触れたもの、見たものをありのまま知覚しているのでない。自分にとって都合の良い情報のみを取り入れ、悪い情報は認めまいとする自己防衛本能が働く。 20世紀の代表的な調剤薬に「リピトール」というコレステロールの薬がある。大成功したのは、マーケティング戦略の勝利によるものだった。テレビコマーシャルのなかで、「自分はこの薬を服用してコレステロール値が正常に戻り、このように毎日元気で幸せに生活している」と実際に服用している人に言わせたのだ。「リピトール」より前に売り出された同種の薬は、「そんなにコレステロール値が高いと、心臓疾患や脳卒中で死にますよ」という脅しのアプローチが多かった。消費者はそのような怖いコマーシャルを見ないようにするか、無視したため、それらの薬は全く売れなかったのである。
米国の心理学者ジャニスとフェッシュバックが行った「オーラルケア(口腔衛生)」の実験結果から分かったことがある。虫歯の恐ろしさを患者にスライドで見せたのだが、恐怖の度合いが強ければ強いほど自分の虫歯を気にする傾向が見られた。ところが、その後の「だから歯を大切にしなければならない」という講義では、恐怖の度合いが少ない人の順に理解度が高かった。この実験結果を踏まれれば、店頭のPOPやカウンセリングは「必ず良くなる」というポジティブな表現の方が訴求力は高くなるのである。日本の薬局の店頭に張ってある「痔」「水虫」の写真やイラストは、そのような病気のお客には恐怖感を与えるだけで、効果は少なく、病気を持っていない人には不快感を与えるだけなのである。
同じことを言っているのに、言葉は使い方次第でお客に与える印象が大きく違ってくる。例えば、脂肪分を表示する場合、「20%脂肪含む」と「80%脂肪なし」では、内容は同じでも、お客に与える印象は「80%脂肪なし」の方がポジティブに響く。その結果、圧倒的に「80%脂肪なし」というPOPを付けた方が売れる。
ウォルグリーンでは、「2個目は30%引き」という販促をよく行う。計算してみれば、1個15%引きと同じだが、言葉の響きとして、15%引きよりも30%引きの方が迫力があって、お客の注目を引くのである。店にとっても2個まとめて売れるメリットがある。 トイザラスは、「Buy One Get One Free」という販促を行う。これは1個買うと、もう1個は無料になるということだ。比較的価格が低い10ドル以下の玩具やゲームに使われる販促プログラムである。例えば、「ドラゴンボールZ」は1個5ドル99セントで、2個目は無料でもらえる。これは「ドラゴンボールZが2個で5ドル99セント」と同じ意味だが、お客は「無料(Free)」という言葉に引き付けられるので、訴求力に差が出る。
断り方も同じである。スーパーマーケットのラルフスでは、店内で禁煙をお願いする場合、「たばこを吸わないでください」という突き放した言い方ではなく、「禁煙ご協力ありがとうございます」という柔らかい表現を使っている。意味は同じなのに、お客に与える印象は大きく違う。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
■全米No.1のドラッグストア ウォルグリーン