少し前まで日本は「若い国」だった。1980年時点では65歳以上の高齢者は全人口の9.1%で、先進国の中で一番低かった。当時イギリスやドイツは15%を超えていた。それから4半世紀たって日本の高齢者は6ポイント増加して21.0%になり、世界中で最も高齢化が進んだ国になった。同じ期間でみると、イギリスとアメリカは1ポイント増、ドイツとフランスは2ポイント増であり、いかに日本がハイスピードで高齢化に突き進んで行ったかが分かる。日本の人口動態をもう少し詳しく見てみよう。
日本は人口減少時代に突入し、2005年対比で2055年は3800万人減少して9千万人弱になると予測されている。逆に65歳以上は1000万人強増加し、人口構成比では現在の21%から41% になると予測されている。50歳以上というくくりで見れば、人口の増減はほとんど無いが(100万人の減少)、人口構成比では現在の43%から60%へ大きく増加する。一方50歳以下でみると3660万人減少し、人口構成比も40%に落ちてしまう。まとめると、50歳以上の人口層が6割を占め、後で述べるように個人の貯蓄の約8割のシェアを持つという数値を見れば、いかにこのマーケットが魅力的かと言うことが分かる。
【日本の人口推移】
2000年 | 2005年 | 2030年 | 2055年 | |
総数 | 12693万人 (100%) |
12777万人 (100%) |
11522万人 (100%) |
8993万人 (100%) |
0-14歳 | 1850万人 (14.6%) |
1752 万人 (13.7%) |
1114万 (9.7%) |
752万人 (8.4%) |
15-64歳 | 8638万人 (68.1%) |
8409 万人 (65.8%) |
6740万人 (58.5%) |
4595万人 (51.1%) |
65歳以上 | 2204万人 (17.4%) |
2567万人 (21.0%) |
3666万人 (31.8%) |
3646万人 (40.5%) |
50歳以上 | 4892万人 (38.5 %) |
5527万人 (43.3%) |
6225万人 (54.0%) |
5404万人 (60.0%) |
50歳以下 | 7801万人 (61.5%) |
7250万 (56.7%) |
5297万人 (46.0%) |
3589万人 (40.0%) |
資料:2000年及び2005年は国勢調査、2030年及び2055年は国立社会保障・人口問題研究所推計
H = Healthy (元気) |
・55才以上の80%が、自分は元気と思っている ・65才以上で介護が必要な人はマイナー人口(13~15%) |
A = Active (活動的) |
・多い可処分時間 ・60才過ぎても働きたい人は78%(改正高年齢者雇用安定法) |
W = Wealthy (裕福) |
・個人全純貯蓄高の77%は50才以上の人が保有 ・177兆円の団塊世代マネー |
L = Loyal (忠実) |
・なじみの商品/なじみの店を欲しがり、ロイヤルカスタマー(信者客))になりやすい |
それでは、このメジャー人口になる50歳以上の層の特徴を見てみよう。 シニアの人々の特徴は、それぞれの英語の頭文字を取ってHAWLで表現されるように、元気で(Healthy)、活動的で(Active)、比較的裕福で(Wealthy)、なじみ持ちの(Loyal)人々だ。まず元気である。東京都の調査でも、55歳以上の人々の80%以上は自分は元気または少々持病があっても元気と思っている。そして65歳以上の人で介護を必要とする人は多く見ても15%程度しかおらず、残りの85%は自立しているのだ。会社勤めも終わっていたり終わりに近づいており、比較的自由になる時間がある。そして他の年令層と比較すると裕福で、個人全純貯畜高の77%を保有している。
高齢社会ではロイヤルカスタマーを作ることが多くの企業の成功のカギを握る。米国では「シニアを制した企業が市場を制する」とまで言われている。なぜかといえば、市場規模が大きいことに付け加え、シニアは一般に「なじみの店」「なじみの商品」「なじみの従業員」を持ちたがる傾向にあり、ロイヤルカスタマーになる性向が強いからだ。一度ライバル店や商品に顧客を奪われると引き戻すのが大変である。ロイヤルカスタマーは浮気せず継続的にライバルの店や商品を使うからだ。
「我々の仕事は顧客を幸せにすることである。満足した顧客だけが再来店してくれるということを常に覚えておきなさい。顧客なしに我々のビジネスは存在しない。利益はご褒美であって、決して権利ではない。満足した顧客からの賞賛の証なのである。」これはギネスブックに載るほどの売場生産性の高い米国の小規模スーパーマーケット(4店舗保有)「スチューレオナード」のレオナード社長の言葉だ。この企業は高齢社会のロイヤルカスタマー作りのお手本といっても良い。コネチカット州ノーウォークの店は売り場面積1000坪程度で、年間売上高が1億ドルにも達する。商圏の広さは車で一時間以上で、週に10万人もの来店客がある。筆者が訪問したときも売場の通路を歩くにも苦労するほど人で溢れていた。この店の入り口に置かれた「誓いの岩石」と呼ばれる三トンもの石碑には次のような文字が彫り込まれている。
毎朝社長は店の入り口に立ち、一人ひとりの顧客に名前で呼びかけて挨拶をしている。昼間は店内を巡回して顧客と話し、何か必要なものはないか、もっと良い店にするためにはどうしたらよいかを直接尋ね、出来ることは直ちに実行している。同社はロイヤルカスタマー作りのためにスチュー(STEW)の頭文字を取って次のように社員の行動規範を設けている。S=Satisfy Customer(顧客を満足させよ) T=Teamwork Gets It Done(顧客満足はチームワークでなしえる) E=Excellence Makes It Better(秀逸の追求が顧客満足をさらに高める) W=Wow Makes It Fun(ワォーという驚きは顧客満足を楽しいものにする)。これを実現させるために高品質な商品のみを品揃えする。なぜなら「自分の母親(一番大切な人)のために家に持っていけないような商品を販売してはならない」という方針を守っているからだ。
この顧客を幸せにするというミッションを見事に実践したエピソードを紹介しよう。夫を亡くしたペギーさんという長年の顧客に、スチューレオナードの従業員は人気商品のラザニアとガーリックブレッドをお見舞いとして届けた。それに対して、ペギーさんから次のようなお礼の手紙が届いた。「貴方のお心遣いがどんなに私の心を慰めてくれたかしれません。今こうしてお礼状を書いているときも涙がほほを伝わって来ます。貴方のお店からお見舞いが届き、その中にラザニアとガーリックブレッドが入っているのを見たとき、私はまるでクリスマスプレゼントを受け取った子供のような気持ちになりました。貴方のご親切にそしてお気遣い下さったことに心から感謝いたします。」
シニアの人々は、店の感じや応対した人の態度に非常に敏感である。それは彼らが物事を判断するときに、左脳(論理の脳)より右脳(感情の脳)をより活用するようになるからである。若いうちは価格とか品揃えというハード面に大きな魅力を感じるが、シニア社会では感情(右脳)に訴求するソフト面により魅力を感じるようになる。そのため、感じの悪い店では買い物をしないで出ていってしまったり、2度と戻ってこないことになる。逆に右脳に訴求して「何となく感じの良い店」という印象を与えると、滞店時間も長くなり、店の機能を良く見ようとして固定客になってくれ、口コミさえ始めてくれる。
ロイヤルカスタマー作りの法則は、「ソリューション(問題解決)」×「ホスピタリティ(おもてなし)」の二つの要素で表わされる。しかし、年齢が上がるにつれて「ホスピタリティ」要素の重要度が強くなることを覚えておいて欲しい。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
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