毛皮5割引きとか真珠6割引きセールという、大幅なディスカウントセールをよく見かける。健康食品にも5割引き、7割引きというものが多い。サンフランシスコやニューヨークでは、ニコンのカメラ9割引き、ソニーのステレオ8割引きというセールを行っている。このような大幅なディスカウント販促は、店に対するお客の不信感を増大させるだけである。お客は35%程度までの割引であれば「店の努力で安くした」と思うが、それ以上のディスカウント率になると、「定番価格がいい加減で儲け過ぎている」とか、「商品の品質が悪いのではないか」「店がつぶれるのではないか」「盗品ではないか」といった疑いを持つ。
大幅にディスカウントするときには、お客はその理由を知りたがっている。優秀なセールスマンはそれに対応して、「専門家にも見分けがつかない程度の小さなキズがあります」「モノは非常に良いのですが、昨年の商品なので・・・」というように、欠点を正直に述べて安く売っている。この方が理由がはっきりしているので信頼感が高まる。セルフサービスの店ではPOPなどでひと言説明する必要がある。「ほんのわずかな汚れがあるため、15%値引きにさせていただきます」というような説明が書いてあると、「正直な店」という印象を与え、お客の信頼を獲得できる。「小さな正直・大きな信頼」を忘れないことである。
米国の優秀な小売業を見ると、「TLC(テンポラリーローコストの略)で、メーカーから一定期間安く仕入れることが出来るので値引きしました」「店長の一大値引きです」「在庫処分のクリアランスセールです」「期末決算値引きです」「キズあり値引きです」「バンドルセール(まとめ売りの値引き)」など、割引の理由を説明するケースが多い。その方がお客も安心するし、フェアだと感じるからだ。
ロサンゼルスのウエアハウス・ワインショップは、時折ある銘柄を市場価格よりはるかに安い価格で提供するので、ワイン愛好家には評判の店である。「非常にお薦めできるワインなので、人気が出る前にワイナリーから大量に仕入れました。そのためこのディスカウント価格で提供できます」とPOPに書いてお客に安心感を与えている。ウォルグリーンでも「TLC」というPOPを幾つかの商品に付けているが、「これはメーカーとの契約で特別に安く仕入れることができた商品です。そのため数ヶ月間、このようなお得な価格で提供できるのです」と説明している。値上げする場合も同じである。なぜ価格を上げるのか、理由をきっちり述べないと、お客は「フェアでない」と思い、店から離れていく。
流行る店は「安い」イメージ作りが上手である。エブリデーロープライス戦略をとり、最低価格保証(自社より安い店があれば、その店の値段に合わせる制度)を実施しているウォルマートでも、アイオワ大学のビジネススクールで価格調査をしたところ、8万アイテムのうち実際に最低価格であったのはわずか600アイテムだったという。スーパーマーケットセーフウエイは、お客が価格を気にするのは200アイテムまでであり、それ以上のアイテムを安くしても無駄な安売りになると考え、チラシに入れる商品も200程度にしている。
チラシを活用するのは、ハロープライシング(ハロー戦略)を取っているからである。買い物頻度が高く価格に敏感な商品を安くすることにより、店全体の価格が「安い」とか「お買い得の店」というイメージをつくる戦略である。 逆に、価格に敏感でない商品には高い利益率を乗せ、充分な利益を取って粗利ミックスをしている。
価格に対する敏感性は、お客の属性・商品の性格・ブランド価値によって大きく異なる。一般に可処分所得の高い人や教育レベルの高い人、世帯構成人数が少ない世帯、多忙な人ほど価格に対して鈍感である。また、好みにこだわる商品(エゴ商品)ほど鈍感で、逆にトイレットペーパーや洗剤や牛乳など、どちらかというと好みにこだわりのない商品(ノン・エゴ商品)ほど敏感になる。また、コカ・コーラのケース売りやシャンプーのポンプサイズなど、パッケージの大きい商品は価格に対して敏感になり、1本売りやパッケージの小さい商品ほど価格に対して鈍感になる。
ウォルグリーンでは、お客はLowest Price(最低価格)を求めているのではない、Fair Price(信頼できる値頃価格)を求めているのだと考えている。ウォルマートの大躍進を見て、「価格では勝てない」と判断し、1980年代にフェアプライス戦略に切り替えた。しかし、価格が「高い」イメージを与えたのではお客が店から離れてしまうので、「安い」イメージ創りのために、商圏単位ごとに1カテゴリーの中で1~2種類の商品は最低価格のベストプライス(但しウォルマートは比較対象外)で提供し、販売個数で上位3分の1の商品は競合店と価格を合わせ、残る3分の2の商品は高粗利益を取る価格戦略を取った。又ウォルグリーンでは、清涼飲料水、たばこ、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、ガムなど、典型的なまとめ売りの商品について1個売りに徹している。まとめ売り価格ではウォルマートよりはるかに高くなり、店のイメージが「高い」になってしまって売れない。それを避けるために、1個売りに徹しているのだ。トイレットペーパーやティッシュペーパーを1個売りにしているのは、日本の小売業の常識にはないやり方だろう。
商品や店舗イメージを高めるため、意図的に高い価格を設定することがある。「高い」ことが、品質が良い、おいしい、夢がある、信頼がおけるといった効果をもたらすからである。これを「価格威光効果」という。高級ブランド品、宝石・貴金属店、ハイファッション店、高級化粧品、高級レストランや料亭がそうである。エルメスのケリーバッグが5000円、バテックの時計が1万円、接待に使う高級料亭のメニューが3000円では、お客の夢や信頼感を損ない、その店に行く魅力が失せてしまう。価格は安ければよいというものではない。
また、ディスカウントして販売するとき、値札に今までの価格が書かれ、新しいディスカウント価格を併記するのも、比較ポイントを見せている。他店の価格と比べたPOPも比較を見せているのである。店で行っているプログラムをより魅力あるものにするためには、この「比較ポイント」というアンカーの役割が非常に大切である。
高額品を売るときのコツの一つに「細分化の法則」がある。人間は「大きい」ものに対する抵抗感は大きいが、「小さい」ものに対する抵抗感は小さい。 例えば、大型サイズやまとめ売りには抵抗感が大きいので、価格を気にする。シャンプーのポンプサイズにはディスカウント価格を期待する客も、トラベル用の小さいサイズの値段はあまり気にしない。1本150円のドリンク剤が、10本入りだと1090円、1本当たり109円で高いと感じるお客が、1本145円のバラ売りにすると気にせずに買っていく。これを心理学では「細分化の法則」と呼んでいる。
高額品を売るコツは、この法則を活用することだ。例えば、価格が張る腕時計やゴルフ道具をプロパー価格のままで売れば「高い」という印象を与え、お客に見向きもされないが、「細分化の法則」を活用して、「30万円の腕時計を30年間使用したとして、年間1万円、月833円、1日27円、1時間1円22銭の投資で充実した生活をお楽しみ下さい」とアプローチすると、「高い」という意識が失せてしまうだろう。
レイ・アダムスというローカルの家電ディスカウントチェーンは、三菱、ソニー、東芝などの50インチの大画面のテレビセットを次のような方法で販売している。「通常1599ドルを1299ドルにディスカウントします。しかもNo Payment! No Interest!!! One Year Free(今買っても今払わなくてよいです。頭金も要りません。金利も要りません。だから、1年間無料で使用できます)」これも「細分化の法則」である。1599ドルといわれたらしり込みするお客も、「1299ドルにディスカウントされ、頭金も要らなければ、金利もかからない、しかも支払いは1年後から」と言われれば、大型テレビに抱く高額品というイメージは細分化されて、購入しやすい気持ちになる。保険会社が1日約146円の保険料で日額1万円の入院給付金という宣伝をしていた。1年間にすれば5万3000円強になるが、1日146円といえば安く感じる。これも「細分化の法則」の活用である。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
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