あからさまな売り込みや、選択の余地がないような勧められ方はお客の反発を招く。並寿司・上寿司・特上寿司などセットものを売りにする旧来の寿司屋が衰退しているが、回転寿司屋が流行っているのは経済的な価格のみならず、好きなものを食べられるからだ。チェーンシステムということで、バイヤーの仕入れた商品をどの店にも陳列し、押し付けて販売するこれまでの小売業のやり方はお客の反感を買う可能が高くなる。これからの小売業は、一方的な押し付けではなく、お客に選択権を与える参加型が成功のための重要なキーワードになる。
どうしてそのような現象が起きるのだろう。強制されると反発したくなるのは、心理学で心理的リアクタンス(反発)現象と呼ばれるもので、誰でも持っている感情だ。例えば、「たばこは身体に悪いからやめなさい」というと、意地でも吸う人がいる。これは反発現象が起きた結果だ。友人が日本の超有名なドラッグストアへ行ったときの経験である。花粉症で目がかゆいので目薬を求めたところ、そのチェーンが属するボランタリーチェーンのPBを出してきた。参天製薬などのNB商品はないのかと聞いたところ、「お客さんの症状にはこれが良い」とPBを押し付けてきた。彼はムッとして買わずに店を出た。勧められた商品は、友人の症状にはベストであったかもしれない。しかし友人は、「それが儲かるから押し付けてきた」ととらえ、彼の心の中に心理的反発現象が出てしまったのである。特にシニア客は自分の価値観を持っているから、押し付けを非常に嫌う。必ず商品を選択できるような陳列やカウンセリングが重要である。
この中の2番目に「顧客は自由に選ぶ権利がある」というのがある。このチェーンでは、自企業の押し付け的な品揃えや陳列を禁止しており、商圏のお客様に適切な品揃えや陳列になるよう、店長権限を拡大している。同チェーンの店長は「化粧品やビタミンを品揃えする場合も、売れ筋だけに絞ったのでは、お客の選択が狭められてしまう。またカテゴリーの専門性も欠如するので、自社ではフルラインの品揃えをしています。当然売れない商品も出てくるが、売り場をつくるときにメーカーもカテゴリーを構成する商品の品揃えをフルラインで行いたいので、納得の上で返品を受けている。」と述べていた。
商品やサービスの価値を心理的に高める方法に「限定性の効果」がある。お客の「早く買わないと・・・」という心理が冷静な判断力を失わせ、欲望を刺激するのである。「お1人さま2パックまで」「100個の限定品」「先着50名さままで」「○月○日まで」「午前11時まで」「タイムサービス」など商品の数・人数・時間などの限定条件は、「急がないとなくなってしまう」というメッセージを発信している。
米国の心理学者アッシュモアによると「人間はあることを禁止されると、逆にそのことへの欲求を増大させる」と述べている。上映禁止の映画は見たくなるし、入手困難な入場券には人が殺到し、何年待ちの商品はますます欲しくなる。これを活用したのが「限定性の販促」である。また、「限定」にお客が引き付けられるもう一つの理由は、人間には努力して獲得したものを評価するという心理がある。苦労して購入した商品は、商品の良さだけでなく苦労という努力がその商品に加わり、商品の価値を高めるのである。
米国のアウトレットセンターでは年に2回、アウトレット価格よりさらに大幅なディスカウントをする。5月末のメモリアルデーと11月末のサンクスギビングデー(感謝祭)の翌日からである。特に感謝祭の翌日から人々はこぞってアウトレットへ行き、店舗によっては入場制限をしていて、1時間以上も待たされることもある。クリスマスのギフトを買いに来た人々が、メーカーや百貨店から回ってきた数に限りのある良い商品を低価格で買おうとするからである。これも数量の「限定性」である。
また、ロサンゼルスのオフプライスストアROSSでは、毎週火曜日55歳以上の人に対してさらに10%のディスカウントを行っている。店舗としてはこの曜日が一番暇なので集客を目的に実施しているのだが、非常に込み合っており、駐車スペースを探すのが大変である。これは期間の「限定性」である。
ちなみに、スーパーマーケット大手のセーフウェイによれば、期間限定・客数限定・数量限定・時間限定の中では、「数量限定」が最も効果があるという。
お客は、比較しながら自分で購買を決定したいと考えている。小売店はPOSデータの発達によって売れ筋商品と売れない商品が分かるようになってきた結果、商品の絞り込みが進み、どの店もどの店も同じような品揃えになって、お客にとっては面白みが薄れてしまった。同じような品揃えならば、お客は安い店に流れる。
「アンカー」(Anchor)とは「心の比較ポイント」の意味で、人間は物事を決めようとする場合、常に比較をしながら与えられた条件のなかでベストを選択しようとする。値段・量・サービス・店のセンス・商品の品質や機能・デザインなど、常に比較ポイントを持って判断しているのである。この比較のポイントをアンカーと呼ぶ。例えば、PB商品の値段がいかに安いかを分からせるために、NBをアンカーとして使い、お客に比較させる。PBのみの陳列では売れないが、NBという比較商品が陳列されているから、PBを購入する決断ができるのである。
また、ディスカウントして販売するとき、値札に今までの価格が書かれ、新しいディスカウント価格を併記するのも、比較ポイントを見せている。他店の価格と比べたPOPも比較を見せているのである。店で行っているプログラムをより魅力あるものにするためには、この「比較ポイント」というアンカーの役割が非常に大切である。
ニューヨークのセフォラの女性社員が面白い話をしてくれた。「高額品の化粧品A、そして低額品の化粧品Bを品揃えしている店があるとします。店ではAを販売して売上げ金額を稼ぎたいと思っています。この場合、高額品Aと同価格レベルなのに魅力度は劣る商品Cを導入すると、Aがよく売れていきます。低額品Bは、高額品Aの比較対象品(アンカー)にはなりませんが、Cを導入したことによってCがAのアンカーになって売れていくのです。つまり、比較できるCの導入によって、A商品の魅力度や価値が高まり、人々の購買意欲を高めるのです。」
私の友人フィルもこの「アンカー」手法を活用している。家庭用浄水器を販売するに当り、900ドルもする高価な浄水器をお客に見せて説明をする。その後、650ドルの浄水器を見せると、人々の頭には900ドルがアンカーされているので、650ドルの浄水器が非常によく売れるという。実際には、同程度の機能の浄水器が、店内では500ドルで販売されているにもかかわらずである。
お客が高額化粧品と低額化粧品の、どちらを選択したらよいか迷っているとする。高額化粧品には特別な成分が入っているが、本当に自分に必要だろうか…でも低額化粧品ではちょっと寂しい。このような場合、中間価格の化粧品が品揃えされていれば、お客は後悔せずに楽しい気分で中間価格の化粧品を買うことができる。人間は通常は平均を選ぶ傾向がある。そのためレストランでも松・竹・梅というコースがあれば、真ん中の竹が一番売れる。 平均が選ばれるということは、中間のブランド・価格の品揃えの重要性を意味している。強い好みや自信がなければ、お客は無難な平均的な商品を選択する。この場合、低・高額商品や松・梅コースがアンカーの値段の役割を果たしている。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
■全米No.1のドラッグストア ウォルグリーン
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