日本の医薬品小売業は2010年に8兆円産業(現在5兆円弱)になり、ゆくゆくは10兆円産業になると予測されている非常に成長性の高い業界だ。それは高齢社会の到来、医薬分業の促進、セルフメディケーションの促進、女性の社会進出などドラッグストアに追い風となる要素が多いからだ。しかしこのように一見明るく見えるドラッグストア業界の将来だが、物売り屋発想でも成功した「誰でも成功する業態」という高度成長期はすで終わり、「選別の時代」に入った。かつての有名ドラッグ企業が倒産や売却で消えていったり、ボランタリーチェーンやグループ化したドラッグストアの間でも不協和音が絶えないのは、ビジネスが厳しくなった証拠だ。そして今の厳しい戦いに追い討ちをかけるように、2009年の薬事法改正の施行に伴って、他業態からの新規参入やスーパーマーケットのドラッグストア部門を取り込んだコンビネーションストア化、そして本格展開をするスーパーセンターとの激しい競争が待ち受けているのである。まさに企業の存在価値が問われ、地域社会に貢献するドラッグストア本来のあり方が問われる時代である。1901年に創業したウォルグリーンは100年を超える歴史を持つNo.1のドラッグストア企業で、厳しい競合に打ち勝ち2007年度には33年連続増収増益という素晴らしい業績をあげた。
2007年8月31日新しいCEOジェフ・レインになって初めての決算期を迎えたが、33年連続増収増益という新たな金字塔を打ち立てた。売上げ537.6億ドル(前年比13.4%増)、営業利益31.5億ドル(前年比16.6%増)の好調な業績であった。粗利益率28.4%、販売管理費22.5%、営業利益率5.9%を確保。2007年10月6000店舗目の店をニューオリンズにオープン。1000店舗目は創立から83年かけて1984年にオープンしたが、その後たった23年で5000店舗をさらにオープンするという急成長ぶりだ。
ウォルグリーン2007年度の業績
項目 |
2007年度 |
% |
前年比 |
売上げ |
53760百万ドル |
100.0% |
% |
粗利益 |
15268百万ドル |
28.4%
|
+0.6ポイント |
販売経費 |
12096百万ドル |
22.5% |
+0.3ポイント |
営業利益 |
3172百万ドル |
5.9% |
+0.2ポイント |
下記の表に表わされているように、1996年をベースに2001年&2006年と比較してみるとウォルグリーンの売上げ及び税引後利益は5年毎に約倍になっている。10年間の年平均売上げ伸張は3563百万ドル(約4200億円 1ド=120円換算)で、日本のNo.1ドラッグストアの年間売上げより遥かに高い数字をあげている。店舗数増は10年間の平均で見てみると、年平均約330店舗の増加だ。財務状況もしっかりしており、長期借入金が非常に少なくほぼ無借金状況だ。彼らは新店舗や配送センターの建設はあくまでキャッシュフローの範囲内にとどめるという方針をとっており、非常に健全な経営をしている。他のチェーンドラッグのROEは12%以下というのが実態だが、ウォルグリーンは18~19%台を確保しており、いかに成長性及び収益性の高い経営をしているかが分かる。
10年間の推移
項目 |
2006年度
|
2001年度 |
1996年度 |
売上げ |
47,409百万ドル |
24,623百万ドル
|
11,778百万ドル
|
税引き後利益 |
1,751百万ドル
|
368百万ドル
|
368百万ドル
|
長期借入金 |
3百万ドル |
21百万ドル
|
3百万ドル
|
ROE |
18.4%
|
18.7%
|
19.3%
|
店舗数 |
5,461
|
3,536
|
2,199
|
人の命にかかわるドラッグストアビジネスの場合、その企業(店)に対するお客様の信頼が何よりも大切だ。その信頼を得るためにトイレットペーパー、洗剤、食品などで安売り屋イメージを与えるのでなく、まず地域のヘルスケア・ソリューションをビジネスのコンセプトとした。そして店舗は地域に歓迎される存在でなければならないという考えから、商圏に合った店構えを大切にし、ウォルグリーンのプロトタイプ店は全店舗の40%しかない。またかつてはリカーを全米で一番販売する企業であったが、「健康なファミリー向けの店」という企業イメージに反するという考えから、リカーを販売しない店を増やしているし、現在タバコの販売も縮小する方向だ。また青少年に読ませたくないアダルト雑誌は一切販売していない。つまり儲かるものは何でも売るという発想とは一線を画している。一方地域の健康づくりセミナー、貧困地域における家庭教師や災害時の地域の復興などのボランティア活動、がん基金・子供の病気基金などへの継続的な寄付は消費者から強い信頼を得ている。プライベートブランドとエクスクルーシブ(専売)ブランドの売上げは全体の17%にもなっており、利益に貢献している。ウォルグリーンのプライベートブランドは一方でプライドブランドといわれるように企業のプライドの商品であり、企業に信頼が無ければ売れない。ウォルグリーンのブランディング政策が見事に成功している証だ。ドラッグストアはまず消費者の信頼を無条件に得られるブランディングが重要だ。
“The Pharmacy America Trusts”(アメリカの国家及び国民に信頼されるファーマシーを作り、地域の人々の健康に貢献する)企業理念をトップから現場のパートタイマーまでがしっかり理解し、現場で実践をしている。この企業理念は社員の誇りであり、その実現のために毎日切磋琢磨している。
例えば
市内の被害を受けた店舗を建て直すために、全米から多くの従業員が有給休暇を取ってサンフランシスコに集結した。自分の家が倒壊した薬剤師さえもまず店舗に駆けつけた。
多くの店舗が被害に遭って使えなくなったが、多くの社員がバンタイプの車を持ち寄り、それを緊急調剤室にして薬を出し続けた。
このように社員の自主判断で行動を取れるのは、企業理念の実践と高い使命感がしっかり根付いているからだ。
「例えこの世が全滅してもウォルグリーンは店を開いているかもしれない」と絶賛し報道している。又24時間営業の店舗を開いたときも、コスト負担が多すぎるという社内の意見に対し、病は時を選ばずで「深夜に子供が熱を出し薬が急に必要になった時に、役に立てる企業で無ければならない」という考えから損得を別にして実行に移した。
これらの行動は「目先の利益より、顧客への貢献を先に考える」企業理念からきている。
私に次のように述べていた。「新興企業も企業理念や文化について色々と語ってはいる。しかし実際には書かれているだけで、トップが実行しないから企業文化として根付かない。ウォルグリーンの場合は、創業者が作った価値観を店長会議で必ず読み上げる。そのたびに鳥肌が立つ。素晴らしい哲学だ。」そして創立者の「成功するには全ての正しいことを繰り返し繰り返し行うことだ」という教えを今日も忠実に実行している。
目標の無いところに結果は無い。ウォルグリーンは10年ごとに長期目標を設定している。1990年には「2000年に3000店舗」という目標を掲げて軽く達成した。「2010年に7000店舗」(当初は6000店舗であったが、2004年に引き上げられる)そして今「2020年に12000店舗」を目標としている。「自分の口より大きな物を食べることを恐れるな。試してみれば、自分の口が思ったより大きいのに気がつく」(大きすぎる目標と思っても、やれるという信念と行動があれば出来るという意味)。ただし他企業が吸収合併で規模を大きくしても、自前で店を作ること、そしてキャッシュフローの範囲以内でしか店を作らないという方針を固辞している。「吸収合併やビジネスの多角化は我々に利点をもたらさなかった。他のドラッグストアは文化が違う。中古車は新車以上には良くならない。」とウォルグリーンの社長は述べている。ウォルグリーンは「最大の企業」ではなく「ベストな企業」になると宣言しており、無理した一位の座にこだわらない。そして基本方針として下記があるが、紙面の都合でa)に関してのみより細かく述べるが、それぞれが落とし込まれ、それがさらに具体的に日々の指針となっている。
激しい競争に巻きこまれても、顧客の支持さえ失わなければ店は存続できる。そのためロイヤルカスタマー作りに力を入れている。一日の来店客数は5百万人強だが、27%の顧客で76%の売上げをあげている。この27%の顧客がロイヤルカスタマーなのだ。 ロイヤルカスタマーを増やすために次の対策を取っている。
ウォルグリーンの調査によると、楽しくエキサイティングな店ほどお客様の買物時間が長く、購入金額も高いことが分かった。そのため「五感に訴求してWoW!と感嘆させる店作り」を目指している。人の生活には「ハレ」と「ケ」がある。ハレは非日常的な時間と空間、ケは普段の生活である。人はケだけの生活を送っていると、その単調さに飽きてしまう。お客様が店に足を運ぶのは、普段と違う非日常生活を期待しているからだ。家や会社と違った雰囲気の中で、気分転換できる楽しく新鮮な感動を店に求めている。ウォルグリーンは、顧客の来店頻度に合わせて常に新鮮な”What’s New?”(何か目新しいことある?)に応えるために「販売は祭り・陳列は芸術」という考え方で店作りを行っている。そのため52週マーチャンダイジングを実施し、プロモーションコーナー、エンド、そして平台に変化を出している。特にクリスマス、ホワイトデー(クリスマス後のバーゲン)、バレンタイン、イースター、母の日、父の日、サマーバケーション、ハロウィーン、サンクスギビングはビッグ9イベントで店の従業員全員で店全体にその雰囲気を作っている。またフレッシュな店を維持するため、「きれいな床」「前出し陳列」「ゼロ欠品」を励行している。日本のドラッグストアは日常的な雰囲気が強すぎて面白みに欠ける。これでは義務的なケの買物になり、購入金額・利益が上らない。
内容 [ ウォルグリーンが激しい異業態間競合を生き残れた理由 PartⅡ ]
■ウォルグリーンが勝ち残ってきた10の要因 6~10
■今後の日本のドラッグストア
どうぞご期待ください!
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
■全米No.1のドラッグストア ウォルグリーン