日本は人口減少時代に突入し、2005年対比で3800万人の減少、2055年には9千万人弱になると予測されている。しかし50歳以上というくくりで見れば、人口はわずか100万人の減少で、人口構成比では現在の43%から60%へ増加する。65歳以上は1000万人強増加し、人口構成比でも現在の21%から41% になると予測されている。そして個人の金融資産を見ても、現在その80%は50歳以上の人々が保持している。このメジャー人口になる50歳以上の層は、他の層と比較すると裕福で、個人全純貯畜高の77%を保有している。これだけの数値を見ただけでも、いかにシニアをターゲットにした業態、カテゴリーや商品が成長するかお分かり頂けるだろう。
日本の人口推移
2000年 | 2005年 | 2030年 | 2055年 | |
総数 | 12,693万人 (100%) |
12,777万人 (100%) |
11,522万人 (100%) |
8,993万人 (100%) |
0-4才 | 1,850万人 (14.6%) |
1,752万人 (13.7%) |
1,114 (9.7%) |
752 (8.4%) |
15-64歳 | 8,638万人 (68.1%) |
8,409万人 (65.8%) |
6,740万人 (58.5%) |
4,595万人 (51.1%) |
65才以上 | 2,204万人 (17.4%) |
2,567万人 (21.0%) |
3,666万人 (31.8%) |
3,646万人 (40.5%) |
50才以上 | 4,892万人 (38.5%) |
5,527万人 (43.3%) |
6,225万人 (54.0%) |
5,404万人 (60.0%) |
資料:2000年及び2005年は国勢調査、2030年及び2055年は国立社会保障・人口問題研究所推計
それでは、この有望なゴールデンエイジの攻略にいち早く取り組んでいる米国のケースを活用しながら攻略の鉄則をご紹介しよう。
ロイヤルカスタマー作りの法則は、「ソリューション(問題解決)」×「ホスピタリティ(おもてなし)」の二つの要素で表わされる。但し、年齢が上がるにつれて「ホスピタリティ」要素の重要度が強くなる。
中高年の人々は店の感じや応対した人の態度に非常に敏感である。それは彼らが物事を判断するのに、左脳(論理の脳)より右脳(感情の脳)をより活用するようになるからである。若いうちは価格とか品揃えというハード面に大きな魅力を感じるが、シニア社会では感情(右脳)に訴求するソフト面により魅力を感じるようになる。そのため、感じの悪い店では買い物をしないで出ていってしまったり、2度と戻ってこないことになる。逆に右脳に訴求して「何となく感じの良い店」という印象を与えると、滞店時間も長くなり、店の機能を良く見ようとして固定客になってくれ、口コミさえ始めてくれる。
筆者のロサンゼルスの住まいの近くにあるホールフーズ・マーケットというスーパーは、非常に評判の良い店である。オーガニック商品も多いせいか、値段は普通のスーパーより20%程度高い。だが木目調の落ち着いた店作りや、買った商品を車まで運んだり配達するサービス、シニア向け惣菜の品揃え、笑顔で親切な接客等によってシニア顧客の感情に訴えているために、値段が少々高くても大変繁盛している。
年齢には実年令と認識年令(自分が自分を何歳くらいと思っているか)があり、殆どの中高年の人が自分は実年令より若いと思っており、調査によると大体10~15才若いと出てくる。だから中高年の人に対しては、年令を示したアプローチをしないのが賢明だ。商品やサービスのネーミングも大切で、年を感じさせるネーミングにすると中高年の人々は遠ざかる。例えば、某大手旅行会社が中高年の人を対象に「銀令物語」という企画をしたが、銀令というのがシルバーを意味するということで人は集まらなかった。そこで「童謡のルーツを探る旅」というネーミングで呼びかけたところ、中高年の客がすぐ集まり募集人員枠が一杯になってしまったという。衣類では「イージーフィット」や「ルースフィット」という言葉は、「着脱しやすい」とか「動きやすい」という意味が関連付けされるからシニアの人が手を出しやすい。このように機能や用途等からアプローチし、結果として中高年の人達に受けるアプローチをする必要がある。
シニアにはポジティブ(前向き)でハッピーなアプローチをしなければならない。米国の某製薬メーカーが発売したコレステロール値を下げる薬が米国で爆発的にヒットした。しかし同じような成分の薬を複数製薬会社は既に数年前から出していたのである。成功・不成功の違いはマーケティング戦略の違いであった。先発組みは「コレステロール値を下げないと、米国で死因第1位の心臓病や第3位の脳卒中になってしまいますよ」という脅しのアプローチをしていた。シニアは今までの人生において嫌なことも沢山あったし、これからも病気や家族の死など不安材料が多いため、「暗い話しはもう沢山」といつも思っているから、明るいアプローチに非常に関心が強い。そうした消費者の心理を研究した後発の製薬メーカーは、「私は高かったコレステロール値をここまで落としてこんなに元気に生活をしています。毎日がとても楽しい。」という方向でマーケティングをしたので、人々は自然にそちらに引かれてしまったのである。お店にしてもシニア層は特に暗い・冷たい・不親切な店を敬遠し、明るく元気をくれるお店を好むのだ。
「出来ることなら何でもいたします」という姿勢がお店には大切である。自分のためにこんなに努力をしてくれているということは顧客の信頼につながる。特にシニア層の場合はその店を当てにして来ていることが多いから、「扱っておりません」とか「出来ません」と言われると失望感が大きい。時にはおかしな話を持ち込まれることがあるかもしれないが、快く対応することである。一旦当てに出来るとなれば、彼らはいつまでもその店を利用し、出来る限りそこで買おうとしてくれるようになる。“Yes, I Can” サービスは重要である。ロスアンゼルスにあるホートンコンバースというローカルドラッグは地元では大変有名である。「困ったらホートンコンバースへ」というのが地元の人の合言葉になっている程である。この店では常に顧客の問題を何とか解決しようと努力してくれるからである。
「ハードのバリアフリー」とは、例えば段差を無くす、通路幅を広く取る、表示などを大きくする、陳列棚を低くするといった措置により、心身の衰えたシニア層(あるいはハンデのある人)に利用しやすい店舗環境を作ることである。この点は強調されることが多く、対応も進みつつあるが、もう一方の居心地の良い雰囲気という意味の「ソフトのバリアフリー」は意外に見落とされがちである。中高年の人々にとって、若い従業員だけの店は何となく違和感を感じるものだ。逆に同年代の従業員がいると相談もしやすいし居心地も良くなる。例えば、ディズニーランドやウォルマートではシニアのグリーター(入店客に挨拶をする係りの人)を配置しているし、マクドナルドやウォルグリーンではシニアの従業員を増加している。日本でも巣鴨の刺抜き地蔵商店街は大繁盛しているが、シニア客がシニアの従業員と気兼ねなく話が出来ることも繁盛の大きな要因だ。
いくら元気なシニアが増加しているといっても、身体の衰えは否めない。その衰えに対するさりげないケアが大切になってくる。衰えの中でも早いのが、目の衰えで通常40代初期から始まる。ピント調節機能が衰えてくるため、POPなどには大きな字が必要になる。また角膜も透明度を失い濁ってくるため、色のコントラストがはっきりしていないと見にくい。売り場のサインも文字だけに頼るのでなく、イメージ色の活用やピクトグラム(絵文字)の活用が重要である。また瞳孔が縮小して明るさへの適応力が鈍るために、店舗作りでは「明るさ」が必須の条件になる。昔の米国のレストランはムード優先で非常に暗くてメニューを読むのにも苦労するくらいであったが、高齢化の到来で最近では非常に明るくなった。
米国の多くのメーカーやサービス業では、「シニアに優しい商品はヤングにも優しい」という考えが普及してきており、シニア向けに使いやすく開発された商品が、使い勝手が良いということで若い人達にも大変支持されている。そのように年令・性・障害に関わり無く誰にでも使いやすいという「ユニバーサルデザイン商品」が急速に普及し始めている。例えば、風呂場の手すり、段差の無い住居、コインや商品の取出し口の大きな自販機、ゆったりした活動しやすい衣服、手にフィットした書きやすい筆記道具、数値が大きいプッシュボタン、時刻を言ってくれる目覚し時計、蒸気でやけどをしないように工夫されたやかん、瓶詰め開け器、商品が取り易いフローラック、チタンのドライバー、テニスのデカラケット等、例を挙げればきりがない。これらはいずれも元来シニア用に開発されたのだが若い人にも大好評である。
難しい言葉のようだが、カスタマイゼーションとは洋服で言えば注文服である。マス・カスタマイゼーションとは、今ある商品の中から顧客の要望に応じた形(量・サイズ・味・組合わせ等)で商品を提供することである。洋服で言えばイージーオーダーに相当する。スーパーマーケットでは計り売りよりパック売りを優先しているが、シニア社会ではそれほど量が必要でないため、自分の好みの量が購入できる 「量り売り」の導入が必須である。ドラッグストアにおけるビタミンにしても、メーカーからのパッケージをそのまま販売するのでなく、その顧客に合ったビタミンの種類を2週間分提供するというようなプログラムが必要になってくる。そのようなマス・カスタマイゼーションによって、顧客も満足するし、顧客の価格に対する感覚が弱まるために店も利益を取れるという、Win-Winの状況が作れるのである。
シニア層は既に物を沢山持っているし、長い消費経験で「安物買いの銭失い」を体験してきているから、多少価格が高くてもいい物を買いたいと思っている。特にニューシニアはグレードアップ志向が強い。この場合、いい物とは「価格に見合った価値がある」ということである。シニア層は、品質は勿論のこと、便利さ・サービス・店の雰囲気などの総合価値を求めている。だから単に価格だけを訴えても興味を持ってもらえない。商品特性だけを強調しても同じである。シニア層には、それが彼らの生活をどのように豊かにするかという価値観を訴求することが大切である。有名なスキー場アスペンにあるリッツカールトンでは、夕方暖炉の前でカクテルを無料で提供している。中・高年の客はゆったりした気分で、食事前のカクテルを楽しんでいる。リッツカールトンという宿泊料の高いホテルに何故人々は好んで泊るのか。「やすらぎ」という価値にお金を払うことに満足しているのだ。
活動的に暮らしているとはいっても、シニア層には時間的な余裕がある。それにも拘わらず便利さが重要なのは、年令が高くなるほど義務的な買い物や遠出が面倒になるからである。そのため日常の商品については「近くの店」というのが重要になってくる。そして重い物を抱えて帰るのは嫌なので、配達という機能を求めてくる。米国で意外に多いのがシニアのインターネットショッピングである。一回当りのサイトビジットの時間が他の年代に比べて40%も長く、購買単価は50%も高いというデーターがある。これも彼らが便利性を求めている現われである。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
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