人は買物をしたとき、賢い買物をしたと思いたい。「安く買えた」「手に入りにくい商品を買えた」「プロの人が褒めてくれる買物ができた」「自分にピッタリの品物を買えた」「ずっと探していた商品を買えた」「穴場の店で買物ができた」等はすべて「賢い買物」に通じる。このように、お客の購買心理には「賢い買物」というプロセスが大切なのである。「愚かな買物」をしたという思いだけはしたくないために、大丈夫という保険を欲しがる。POPや接客で重要なのは、「その商品を買うことがいかに賢いか」を分からせることである。レストランにおける料理長のお薦めメニュー、百貨店のベテラン社員が太鼓判を押した商品などは「賢い買物」を証明する保険的要素になっている。
お客は広告や口コミなどの情報を一時的に記憶し、既に持っている知識や判断基準に照らし合わせて商品を選択する。また実際に商品を使ってみて、その良し悪しを記憶し、次回の購入時の参考にする。このように、賢い買物をするために購買行動や商品の選択行動はすべて記憶の働きをフルに使っている。記憶には「感覚記憶」「短期記憶」「長期記憶」の3種類がある。情報は「感覚記憶」⇒「短期記憶」⇒「長期記憶」というステップで処理されて「記憶」になる。
米国のNo.1スーパーマーケットクローガーは売り込みたい商品には、良い場所を割き、複数の場所で大量に陳列する。それによって、人間の感覚記憶や短期記憶に訴求し、顧客の長期記憶に保存されることを狙っているからである。
具体的でリアルな情報は、統計的なデータに優ることがある。「1週間で10㎏減量した」 「2ヶ月で髪の毛が増えはじめた」「1ヶ月のレッスンで英語が話せるようになった」というような類いである。しかしよく考えてみれば、何人試した結果なのかさだかでない。例えば、1万人試した中でたった1人が1週間で10㎏減量できたのか。そうだとしたら確率が悪いし、太った人が10㎏やせたのか、痩せた人がさらに10㎏やせたのかも分からない。このように、冷静に考えれば疑念が生まれることも、「1週間で10㎏やせた」という情報に人間は飛び付きやすいものなのである。
POPを書いたり、陳列したり、デモ販売するときに大切なのは、情報をこと細かに表現するのではなく、目に見えるような表現(嘘はいけないが)をすることである。つまり、言葉のビジュアル化が大切なのである。消費者は、鮮明で目立つ情報に影響されやすい。しかもそこにニュース性があればあるほど過剰な反応や評価を示しやすい。
以前米国でジャパンバッシングが起きたとき、テレビで日本製のテレビや車が壊されているシーンを何度も見せた。ウォールマートでは「米国製品を購入しよう(Buy American)」運動をした(実際には東南アジアや中南米製の商品が多く、この運動を続けるのは困難があった)。 多くの日本人は、「これは大変なジャパンバッシングが起きている」という印象を持ったと思う。しかしあの画面を冷静に見ると、いつも全く同じシーンの繰り返しだった。つまり、米国で起きた極端な例を取り上げて何回も同じシーンを流していたのである。当時の米国人の一般的な反応はといえば、「どこの国で作られたかは関係ない。良いものは良い。」という冷静な見方だった。このように、人間は事実よりも目に見えるような情報に説得されやすい。
カリフォルニアキッチンというピザ&スパゲティのチェーン店がある。ここではオープンキッチン方式を取り入れ、お客の目の前で次から次へと料理を作っている。鮮度においては裏のキッチンで作ったとしても変わりはないが、「目に見える」という情報的価値を大切にしているのだ。スーパーバイザーが定期的にチェーン店をチェックしていて、一度私が目撃したシーンだが、キッチンで使うスパゲティのソースをチェックし、「ダメだ」と判定したものはお客が見ているその場で捨てさせていた。お客にしてみれば、「何て品質に厳しいんだろう」という印象を持って安心する。こうした行動もすべて、目に見える情報には説得力があることを利用しているのだ。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
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