高齢社会におけるマーケティングで大切なのは、肉体的な衰えをカバーする機能「ユニバーサルデザイン」と、心の部分での違和感の無いモノやサービスを提供する「ソフトのバリアフリー」の両方の機能の提供だ。 「ユニバーサルデザイン」という言葉がよく使われる。老若男女、障害の有無、妊婦、外国人など、すべての人にとって使いやすいことを念頭に置いた製品や建物、空間などをデザインすることをユニバーサルデザインという。1990年頃米国のノースカロライナ州立大学教授で建築家のロナルド・メイス氏によって提唱された。
「バリアフリー」は障害者など一部の人のために障壁を取り除く対策だが、ユニバーサルデザインはあらかじめ多くの人が使えるように設計する考え方を意味する。またバリアフリーの商品という言葉は、障害を持つ人に心のバリアを作ってしまう恐れがあるので最近は避ける傾向にある。実際に電車に乗っても昔は「シルバーシート」があったが、今では優先席と呼んでシニアは勿論若い人でも妊婦や怪我をした人達が座れるようにした。これもユニバーサルデザインの発想だ。
日本におけるユニバーサルデザインは、1990年代半ばからトヨタやオカムラといった企業が他に先駆けて取り組み始めた。高齢化が進むとともに爆発的に普及し、今では家具、家庭用品から家電製品、住宅、自動販売機、交通機関に至るまで、日常の暮らしのほぼすべてを網羅している。
モノだけではなく、サービスの分野にもユニバーサルデザインの発想が広がっている。東京の地下鉄では、2004年の春から外国人でも分かるようにアルファベットと数字を組み合わせた「駅番号」を導入して多くの外国人に喜ばれた。また切符を購入しやすいように、丸の内線、銀座線、有楽町線、都営新宿線、東西線、大江戸線それぞれが決められた色を持っているので見やすい。 日本航空にもユニバーサルデザインのプロジェクトチームがあり、民間資格である「サービス介助士」を取得した従業員が空港内で利用者を手助けしている。
メーカーの商品開発担当者は、一般向けに開発した商品やサービスに少々変更を加えればシニアに受け入れられるだろうと考えがちだ。しかしこれは多くの場合シニアに我慢を強いることになる。シニアはヤングの延長ではない。むしろシニア向けに開発したものはヤングにとっても便利で使いやすい。例を挙げよう。米国でシニア向けに売り出した下着が保湿性と動きやすさからヤングにも愛用された。日本の「ババシャツ」と同じ現象だ。また某清涼飲料水メーカーでは、自動販売機の商品取り出し口と釣銭受け取り口を大きくし、且つ取りやすいように取り出し口を下からお腹の部分へ持ってきた。旧タイプと同じ場所に設置したところ、売上げが28%も伸びた。清涼飲料水を飲むのはシニアよりむしろヤングである。その人たちが他社のものより「取りやすい」ことに注目して、この自販機を選択したのだ。シニア用に取り付けられた風呂場の手すりは実際には女性が貧血で倒れたり、子供が滑って怪我をするなど事故の多い浴室での事故防止用として一般化した。同じようにシニア向けに段差のない床が開発されたが、最近の住宅では当たり前の設計になっている。私が以前勤務したジョンソン・エンド・ジョンソンで、ベビーローションの売上げが或る年から何倍にも上がったことがあった。「赤ちゃんに優しいジョンソンベビー ローション、大人の貴方のお肌にも優しい」というコピーで大人市場を開発したからだ。シニアはヤングの延長でないと前述したが、もしかしたらヤング市場はシニアの延長線上かもしれない。
以前カリフォルニアのディズニーランドでは、86歳のおじいさんが働いていて、入り口に座り、シニアのお客を迎えると「Hi, Young Man! Young Lady!」と声を掛けていた。86歳から見たら入場してくるお客は自分より若く、まさに「Hi Young Man!, Young Lady!」なのだ。声を掛けられたお客は嬉しくて、一緒にポーズを取って写真を取り合っていた。少子高齢化の時代に、若い人だけを狙ったビジネスではマーケットが縮小する。ディズニーランドにとって誰が顧客として有望かといえば、可処分時間の多いシニアである。そのシニアのお客がディズニーランドで違和感を抱かないようにするために、その人たちとスムーズに会話できる高齢者を従業員として配置したのだ。
バリアフリーは「段差がない」とか「照明を明るくする」など施設面のハードの意味で使われるが、「ソフトのバリアフリー」とは「違和感がない」とか「相談しやすい」という心理面を意味する。若い女性客が多く、従業員の年齢も若い駅のそばのドラッグストアに、シニアは薬を買いに入るだろうか。 熊本のドラッグストアでソフトのバリアフリーの重要性を話したところ、50代の女性が近づいてきて、「私の店でも薬剤師ではない私に一番相談が多いんです」と話していた。薬剤師に聞こうと思っても、自分の息子や娘のような年齢の人には相談しにくいこともあるだろう。更年期症状に関する相談などは「50代の自分ならその悩みを分かってくれるだろうと思うのでしょうね」と言っていた。先日も80代の女性が「生理のようなものがあった」と相談してきた。聞いてみるとホルモン剤を服用しているとのことで、それを薬剤師に話し、薬剤師の言葉をおばあさんに伝えたという。「私はシニアのお客と薬剤師の通訳をやっているようなものです」と話していた。 私自身も疲れ気味のとき、若い人に商品を勧められてもピンとこないが、同年代の人に「試してみたら効きましたよ」と勧められれば信用できる気分になる。髪の毛の薄い私が、ふさふさした頭髪の若い従業員に「この商品は効果がありますよ」と言われるよりも、同じ年代の従業員に「私も使っていますが、効果があります」と言われた方が説得力がある。
最近のマクドナルドなどのファストフードレストラン、パブリックスなどのスーパーマーケット、ウォルマートなどのディスカウントストア、ウォルグリーンに代表されるドラッグストアなどは積極的にシニアを雇いだしている。シニア従業員はシニア客が来店しやすい雰囲気をかもし出せるし、顔なじみになって固定客を作るのにも役立つからだ。加えて、シニアの従業員は長い人生経験から、顧客のクレームなどを上手に解決することが出来るからだ。不機嫌に大声を出している若者も、自分のおばあちゃんやおじいちゃんの年齢の人にお詫びをされればそれ以上怒る気になれないのだ。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
■全米No.1のドラッグストア ウォルグリーン
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