シニアはわがままをきいてくれる店が好きだ。その気持ちを上手に取り入れ、「カスタマーインマーケティング」「マス・カスタマイゼーション」や「便利性」を提供することにより繁盛している店がある。
小売業はある意味で「お客の購買代行業」であり、また「お客さまの問題解決業」である。「カスタマー・イン・マーケティング」とは、お客の声を経営に反映させることをいうが、そこには成功へと導くヒントが一杯詰まっている。近年急成長を遂げた自然食品を主体にした品揃えのスーパーマーケットのホールフーズマーケットは、お客の声を積極的に取り入れた品揃えを行っている。出入り口に「お客さまの声」の掲示板があり、そこにはお客の声(要望・お褒め・クレームの言葉)が書き込まれた用紙がびっしりと張り出されている。そしてその用紙の下欄に店からの返事も書き添えられている。
お客は自分の意見を大切にしてくれた店を評価するばかりでなく、その意見がきっかけで取り扱われるようになった商品を友人知人に口コミで宣伝してくれる。これは店にとって大きなメリットである。こうした商品には「お客さまのリクエストで品揃えさせて頂いた商品」というPOPまで付けているのだ。そのようなPOPを見てて他の客も積極的にお店に要望を出す。お客の要望を取り入れるシステムを作れば、他のお客も積極的に意見を述べるようになり、より一層顧客満足度を高めることが出来るだろう。シニア客は自分を認めてくれ大切にしてくれるお店を非常に大事にする。
逆に他人から押しつけられることをとても嫌う。長い人生経験の中で自分の価値観がしっかり確立されているからだ。幾つかの例を挙げよう。例えば店内レイアウトにしても、強制的にワンウエイ・コントロールされると、自分の自由が奪われるので好まない。レストランの押し付けメニューやセットメニューも嫌う傾向がある。シニアに評判の良いレストランでは、お客様が好みに合わせて選択できるアラカルト料理を中心にしたり、コース料理であっても前菜やスープ・メインディッシュ・デザートはそれぞれ何種類かを用意してその中から自由に選択できるようにしている。米国のスーパーマーケットで見かけたことだが、シニアの女性がローストビーフを買う際、「まだスライスしてない塊の真ん中あたりの肉が2切れ欲しい」と注文をしていた。店の担当者はそれを当たり前のように受け入れて肉をカットしていた。バナナの場合も、お客は欲しい本数だけ、しかも自分が求める完熟度合いバナナを房からもぎ取っていく。レストランでも「サラダにドレッシングをかけず、サイドで用意して欲 しい」とか「チーズは多めに」とか自分の好みを遠慮なく主張する。シニアの志向はいわば「マスカスタマイゼーション」である。一般向けの商品でありながら、画一的ではなく、その人なりにカスタマイズするものを意味する。マンションでも間取りや壁紙、床などは好みに合わせて選択できるものが良い。
車のハンドルや内装を自分の好みに合わせて変えることが出来たり、ビタミン剤の小分け販売をしている店に人気がある。スーパーマーケットでもパック販売だけでなく、好きな物を好きなだけ購入できる量り売りや、肉をその場でカットしてくれる対面販売の売り場に力を入れる店が増えているのもそのせいだ。シニアを相手にする店は、常に選択肢を用意しておくことが大事だ。常に三つ程度の代替案を用意して選択の余地を与える。それ以上になるとお客を迷わせてしまうので、逆に不親切と思われてしまう。その中でお勧めしたい商品は一番後に提示すると良い。人は最後のものに強い印象を持つ。心理学で言う「親近効果」だ。シニアに「どれが良いかね」と効かれた場合は、率直な意見を述べると良い。その上でお客自身に決めさせることが肝心だ。自分で決めた商品はたとえ品質や性能が同じでも「2倍以上の価値がある」と思うものである。
ロサンゼルスの我が家の近くに10店舗程度のホートンコンバースという小さなドラッグストアがある。「Yes, I Canサービス」で有名な店だ。「困ったときのホートンコンバース」という例えがあるほどだ。お客の要望は出来るだけ受け入れて、もし店に商品が無ければ、翌朝10時までに取り寄せてくれる。配達は勿論のこと、希望すれば配達された商品の支払いも月末締め翌月払いが可能だ。また調剤薬は税金の控除対象なので、支払い履歴があると便利だ。そのため顧客の要望に従って顧客一人ひとりの年間購入履歴を出す。
「オージー・ペット・モバイル」(Aussie Pet Mobile)という会社は、ペットのグルーミング(身づくろい)用のトレーラーで出張サービスをしてくれる。またミスター・ハンディーマンという会社は、ホームサービスに関わるあらゆる仕事を請け負ってくれる。キャッチコピーは「No Job Is Too Small(どんな小さな仕事もでもいたします)」で、大工仕事、家具の修理、クリーニング等々文字通りどんな仕事でもやってくれる。まさに「動くホームセンター 」としてシニアに重宝されている。
一方日本でも「墓参り代行業」が新たなビジネスとして人気を集めている。墓所の雑草取りから、墓石を磨いたり、供花の取り換えなどを代行し、おまけに合掌してお参りまでしてく れる。利用者は高齢者が中心だ。寝たきりや入院中のシニアには、「ずっと気にかかってい た。綺麗になってホッとした」と喜ばれている。テレビショッピングやインターネットショッピングを愛用するのは、もっぱらヤングだろうと思うのは錯覚で、実はシニアの方が多い。
このように、シニアの来店を待っているのではなく、出張サービスなどこちらから出向いていくサービスにビジネスチャンスがありそうだ。日本では既に医者の家庭往診も始まっている。シニアは便利性を提供してくれる店には大きな価値を認めているから、価格志向が薄らいで行く。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
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