お客は店舗を選択した後に商品を選ぶ。彼らはあらかじめ決めていた(計画購買)商品やサービスだけを買って帰るということはまず無い。お店で気がついた商品を思わず買ってしまうという非計画購買行動も行う。
米国のスーパーでは、買い物リストを持って買い物をする人は45%だという。
リストに載る典型的な商品は牛乳、卵、トイレットペーパー等のニーズ商品(無いと困る商品)が多く、嗜好品は載らない傾向が強い。買い物リストを持った顧客はリストに載った商品しか買わないのではなく、実際には平均その2倍近くの商品を買っていることが多い。また例えばリストには「牛乳」や「洗剤」というように商品カテゴリーで書かれているケースが多く、固有名詞では書かれていない。つまり同じ商品カテゴリーの中でもアップグレードした商品、例えば一般牛乳でなく「明治のおいしい牛乳」を非計画購買で購入させることは可能である。
米国大手スーパーマーケットのセーフウエイの店長は「お客のショッピングを、衝動買いに始まって衝動買いで終わらせられるお店は非常に利益がある」と述べていた。小売業に利益をもたらすのは、お客の非計画購買である。非計画購買商品は米国ではアドオンセール(追加購買商品)と位置づけている。米国のドラッグストアCVSのカイト店長の言葉が象徴的だ。「非計画購買の多くは衝動買いである。衝動的に購入するお客の心理は価格志向が薄く、それだけ店に大きな利益をもたらす。例えば風邪をひいたお客の多くは、風邪薬を欲しがる。これは計画購買の範疇である。しかし小売業の使命はソリューション(お客の問題解決)であることを忘れてはならない。いかにお客の風邪を一分一秒早く治して苦しさから開放してあげるかにある。風邪薬以外にうがい液、滋養強壮剤、ビタミンC、マスク等の商品が必要になる。そこで、風邪を治すのに必要な商品をまとめて陳列(ソリューション陳列)し、お客の顕在ニーズである風邪薬のみならず、潜在ニーズを引き出して非計画購買品を販売することが出来る。お客の価格意識が薄く、お店の利益が高い非計画購買の促進が大切なのである。
非計画購買は主に次の四つに分けられる。
家で足りなくなっている商品、必要だが忘れていた商品の思い出し購買。 買い忘れを思い出させたり、商品の必要性を喚起するPOPや従業員のアドバイスが大切だ。
購入した他の商品との関連性から、売り場内でその必要性を認めて購買。 機能性或いは便利性に関連する商品を陳列し、POPや従業員のアドバイスにより使用法を訴求することが必要。
差し迫って必要性を感じていないが、強く引き付ける要因があれば買っても良いと考える購買。「タイムサービス」「特別割引」などのPOP訴求が有効。
魅力的な陳列や従業員のアドバイスにより理性ではなく、気分で思わず買ってしまう購買。
顧客の購買行動は、計画購買比率が約20~30%、非計画購買が80~70%と非常に高い。計画購買の決定要因は、顧客の過去の経験、広告、チラシ、口コミ等である。だから計画購買には、商品がすぐ見つかって買いやすいことが重要だ。一方非計画購買には、衝動的な購買欲求を引き出すためにディスプレー(陳列)が重要な役割を果たす。ディスプレー(Display)の語源は、ラテン語の「DIS=PLICARE」である。「畳んだものを開く」陳列や展示の意味である。ディスプレーは、店がお客に向けて発信するコミュニケーションを、お客が店に足を運んで感じたときに初めて成立するメディアである。
陳列には次の条件が満たされなければならない。
売り込みたい商品は、徹底して複数陳列すると良い。狙った彼女を射止めるには、繰り返し繰り返しアプローチするのと同じだ。ドイツの心理学者エビングハウスは「人間は、一回記憶しただけで繰り返さない場合は9時間以内に3分の2を忘れ、残りの3分の1は数日のうちに忘れる」と述べている。販売を拡大したい商品は、繰り返し繰り返しチラシやダイレクトメールなどでお客に訴求し、店内でも1ヶ所だけでなくクロスマーチャンダイジング、関連陳列、セカンダリー陳列など複数陳列をして数多くの箇所に陳列する。
広告の業界に「アイドマの法則」というのがある。これは心理学者ローラン・ホールによって発見された人間の心理であるが、繰り返し訴求されることにより、関心が興味へ、興味が欲望へ、欲望が記憶へ、記憶が行動へ移っていくということを言う。
テレビコマーシャルが繰り返し流されるのは、人の記憶への刷り込み効果を狙っての行為である。チラシも回数を多くしないと人々の印象に残らない。私がかつて勤務していたコカ・コーラ社は消費者心理を良く研究していた。セルフサービス売り場で清涼飲料水を販売するに当たって、複数個所に陳列することにこだわった。アイドマの法則どおり、複数陳列が人々の関心や興味を生み、最後に購買という行動に移るのを知っていたからだ。セールスマンの場合も、成績の良い人は繰り返し繰り返し顧客に接触する人である。「熟知性の法則」とも呼んでいる。また米国の心理学者ザイアンスは、「人間は接触回数が増えれば増えるほど、その人に対する好意度は増す」と述べている。何回も会っているうちに相手との壁も取れ、スムースに感情が通うようになるのだ。ハンサムだからといって女性にもてるかというとそうでもない。持てる条件は「こまめ」であることだ。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
■米ドラッグストア業界2位のCVS