前号でロイヤルカスタマーを作るためのホスピタリティの重要性に触れた。もう少しその話を続けてみよう。現在各企業が最も力を入れている戦略が「ロイヤルカスタマー(信者客)作り」である。信者客とは「信+者」で「儲かる」となる通り、信者客つまりロイヤルカスタマーこそが店に売上げと利益を運んでくれる。ロイヤルカスタマーは、長期間店の固定客になってくれるばかりか、安売り商品だけでなく利益のある商品も購入してくれ、その上口コミで来店客を増やす手伝いまでしてくれるからだ。
下記の表からも分かる通り、ロイヤルカスタマーは他の客層よりはるかに高い価値があり、浮動客と比較しても累積売上高/粗利高において約40倍の価値があるのが分かる。
【米国某スーパーマーケットの例】
顧客の種類 | 年間購入額 | 粗利率 | 利用年数 | 累積売上高 | 累積粗利高 |
ロイヤル客 | $2,756 |
25% |
17年 |
$46,052 |
$46,052 |
常連客 | 1,404 |
22 |
10 |
14,040 |
3,089 |
浮動客 | 416 |
18 |
4 |
1,664 |
300 |
バーゲンハンター | 156 |
16 |
2 |
312 |
50 |
間に合わせ客 | 52 |
15 |
1.5 |
78 |
12 |
特に中高年になると同じ店を利用する傾向がある。中年以上の人なら、自分が利用している美容院、理髪店、飲食店を思い出してもらうと分かるだろう。人は年齢が上がるにつれて保守的になり、なじみの店やなじみの従業員を持ちたがる傾向がある。それはなじみの店やなじみの従業員には安心感があったり安らぎを感じることが出来るからだ。だから中高年客はロイヤルカスタマーになる傾向が強く、いったん競合する店や商品にロイヤルカスタマーを奪われると、奪い返すのはとても難しくなる一方、自分の店のロイヤルカスタマーになってもらうと売上げと利益を運ぶ非常に大切な顧客になる。高齢社会ではロイヤルカスタマーの数を多く持った店が成功するといわれる理由はここにある。逆に若い人を相手にする店は、彼らを特徴づける流行を次から次へと追う移り気ゆえに、常に客数や新規客の数を競わなければならない。
生活者をロイヤルカスタマーにするには、「ホスピタリティ」と「ソリューション」の二つの要素が肝心だ。ソリューションとはお客の求めていることに対する「問題解決能力」である。分かりやすく言えば、蕎麦屋ならおいしい蕎麦を提供し、医者なら優れた医療技術を提供するということがソリューションだ。しかしどんなおいしい寿司屋でも、「旦那、最初に食べるのはマグロにしてほしいね。卵からの注文はどうもね」などと押し付ける店には二度と行きたくない。感じのよい接客をするのが、ホスピタリティである。このように「ホスピタリティ」と「ソリューション」の二つが車の両輪としてしっかり提供されないと、お客はロイヤルカスタマーにはならない。
それでは、ホスピタリティが売上げと利益を運ぶという話をしよう。接客と売上げは無関係だと思っているかもしれないが、それは大間違いである。下の表は私の主宰するドラッグストア研究会で実施したドラッグストア23社の調査結果である。全店舗でホスピタリティ向上運動を行い、各社に「ホスピタリティ・プロデューサー」と呼ばれる社員を任命して、その人が中心になってホスピタリティ向上運動を展開した。その結果、売上げで32%アップという大きな成果があった。
【ホスピタリティ効果】
項目 |
結果 |
来店客数 | 1.5倍 |
売上高 | 32%アップ |
クレーム | 3分の1に減少 |
万引き | 激減 |
成功する店は、お客に満足を提供することによって、リピーターになってくれたり、口コミで宣伝してくれたりというお客からのお返しを受ける。駄目になる店は、お客から「二度と行かない」と言われたり、「悪い口コミ」によって仕返しを受けて衰退していく。通常人は良い経験をすると6人に話し、嫌な経験をすると倍の12人に口コミをするといわれる。悪い口コミの方が多くの人に広がるのだ。
約300人のシニアに「店の選択理由」と「店に行かなくなった理由」を調査した。その結果「店選択の理由」では、「接客」は上位3つの理由に登場しなかった。それは良いもてなしを受けるのは当たり前だと顧客が思っているからだ。しかし、いずれの業態でも「店に行かなくなった理由」の第2位に「接客が悪い」がランクされた。当たり前だと思っているおもてなしがされないと非常に悪い印象を持つということだ。
【ホスピタリティ効果】
業種 |
結果 |
店へ行かなくなった理由 | ||
スーパーマーケット | 1位 | 近くて便利 | 1位 | 品質・鮮度が悪い |
2位 | 品揃え | 2位 | 接客が悪い | |
3位 | 適正価格 | 3位 | 品揃えが悪い | |
ファッション店 | 1位 | センス | 1位 | センスが合わない |
2位 | 品揃え | 2位 | 接客が悪い | |
3位 | 品質 | 3位 | 品揃えが悪い | |
レストラン | 1位 | おいしさ | 1位 | 美味しくない |
2位 | 適正価格 | 2位 | 接客が悪い | |
3位 | 店の雰囲気 | 3位 | 雰囲気が合わない |
かつて主婦に評判の悪い小売店は、1位が薬局、2位が酒屋、3位が書店と言われていた。これらの業種はいずれも衰退し、他の業態にビジネスを奪われている。衰退した理由はいろいろ挙げられるが、その最大の要因は「接客の悪さ」であり、それゆえにお客に見捨てられたのである。 欲しいモノがどこでも得られる今の時代、消費者という王様は自分を大切に扱ってくれる店を愛用し、扱ってくれない店は未練なくさっぱりと捨て去っていく。それは人間には「返す」という習性があって、お世話になった時には「お返し」をし、嫌なことをされた時は「仕返し」をするからである。これを心理学の世界では「返報性の法則」という。
「お世話になった」とお客に感謝されたドラッグストアのお話をしよう。「デュエンリード」はマンハッタンのローカルドラッグストアである。2001年9月11日、ワールドトレードセンターで史上最悪のテロが発生したとき、このドラッグストアの各店は店長判断で売場の棚を片付け、緊急医療サービスの場に一変させた。マンハッタン中の病院が被害者であふれ、収容しきれなかったからである。再度テロ攻撃があるとか、毒ガスが撒かれたという噂が飛び交う緊張感の中で、多くの従業員はテロ発生から3日間ほとんど不眠不休で支援活動を行い、自主的に献血や被害者救済の募金活動を行った。こうした救援活動をいつまで続けるのかというテレビのインタビューに、「必要な限り」ときっぱり言い切っていたのが印象的だった。「地域住民のために」というドラッグストアに携わる従業員の強い責任感が、無意識のうちに彼らをこうした行動に駆り立てたのだった。ナショナルチェーンのウォルグリーン、CVS、ライトエイドのマンハッタン進出で競争が激化しているが、この地域の人々はデュエンリードを応援し、店は繁盛し続けている。「返報性の法則」が見事に働いた好例である。
日本のドラッグストアのセイジョーも顧客サービスには定評がある。商圏内に中高年層が多く、サービスの良し悪しがビジネスに直結することから考えついたのが「感動カード」だ。上司や本部の社員が現場の店を巡回する中で、お客に素晴らしいサービスをしたり、「これこそセイジョーのサービスを行っている」という従業員を見つけたら、このカードを手渡す。カードの枚数に応じて社内で表彰される仕組みを作っている。 近年高齢社会に突入し、お客の購買決定においてホスピタリティの重要度が飛躍的に増している。モノの豊かな今日では、感情的な要因が購買決定の9割を超えると言われる。米国のビジネス界には、「価格は一日、品揃えは三日で真似できるが、サービスは一生真似できない」という格言があるほどだ。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
■全米No.1のドラッグストア ウォルグリーン
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