人間が毎日何気なく行っているように見える行動には、そうせざるを得ない原因や理由がある。「のどが渇いたから水を飲もう」「お腹がすいたからラーメンを食べよう」「眠くなったから寝よう」「寒くなったからコートを着よう」「上司に認められたいから報告書をきちんと書こう」等の行動には必ず原因や理由がある。基本的欲求には、食・呼吸・睡眠・活動などの一次的欲求といわれる「生理的欲求」と、自己実現・優越・愛情などの二次的欲求といわれる「心理的欲求」の2つがある。 モノのない時代には一次的欲求が主になるが、モノ余り時代には二次的欲求が重要になる。アブラハム・マズローによると、人間の欲求には次の五段階があり、一つの欲求が満たされると必ずより高いレベルの欲求が湧いてくるという。
欲求段階 | 欲求の種類 | 小売業の対応 |
第一段階 | 生存欲求 |
品質より生活必需商品の充分な量の供給と低価格 |
第二段階 | 安全欲求 |
中級品質商品の品揃え |
第三段階 | 帰属欲求 |
ナショナルブランド商品の充実した品揃え |
第四段階 | 差別化欲求 |
こだわり商品の取り揃え |
第五段階 | 自己実現欲求 |
ターゲット顧客のライフスタイル商品の取り揃え |
人はまず生きるために最低限必要なものを求める。これが「生存欲求」だ。終戦直後の日本は、空腹を満たせれば、雨露しのげれば、寒さから身を守れれば良いという欲求で、そこには贅沢さなど無縁であった。その当時小売業にとって大切なのは、商品の「品質より十分な量」の生活必需商品の提供(物不足のため)と低価格の実現だった。生存欲求が満たされると、欲求段階が上がり、心配なく生活したいという「安全欲求」が出てくる。安全欲求は苦痛や危険を避けて安全に生活をしたいという欲求だ。そのため質への関心に目覚め、品質に信頼感のあるナショナルブランド商品に関心が高まる。第三段階は集団への帰属を求める「帰属欲求」だ。
かつては隣がテレビ、クーラー、冷蔵庫、車を持っているから我が家も欲しいという時代があった。最近では、ルイビトンなどの有名ブランドバッグが流行っているから自分も流行に後れないために欲しいという欲求だ。この段階ではナショナルブランドの充実した品揃えが求められる。第四段階の「差別化欲求」は自分に対して高い評価を得たいという欲求で、皆がルイビトンを持っているなら自分は余り知られていない通の持つブランドを欲しがる。又は同じルイビトンでも限定品が欲しいという他人との差別化を求める欲求が湧いてくる。小売業ではこだわった商品の品揃えや、「貴方様は特別大切なお客様」という接客も重要になる。そして最後の欲求が、他人との比較ではなく自分の求めることを実現したいという「自己実現欲求」だ。他人が何を持っていようが関係なく、自分のライフスタイルや好みに合ったものを欲しがるという欲求だ。つまりヒット商品ではなく、自分にフィットした商品を求めるようになる。そういう意味では中小店にとってシニアはターゲットにしやすいお客である。有名店やブランド品よりも自分に合った店や商品が欲しいので、中小店にチャンスがあるというわけだ。
前述の人間の欲求段階は、時代と共に進化したり後退したりと変化する。経済が良くなったりするともっと良いものが欲しいと願望して欲求段階は上っていく。今度の不況のように景気が悪くなると欲求段階は下がり、ぜいたく品を避け生活の必需商品しか買わなくなるし、価格に厳しくなる。日本百貨店協会によると2009年1月~6月の百貨店の売上高は前年同月比11.0%減の3兆2133億円で、集計を始めた1965年以来最大の下落率ということだ。米国のホールフーズマーケットというナチュラルフードを主体にしたスーパーマーケットは、つい最近までは急成長を続けスーパーマーケット業界のお手本の一つであった。しかし昨年米国経済が不景気になると途端にビジネスが不振になった。いくらオーガニック野菜や保存料や着色料を使っていない品質の良い食品といっても、人々のニーズはまず空腹のお腹を満たすことが先決であった。通常のスーパーマーケットより20%程度高いこの店は敬遠されてしまったのだ。このように景気が悪くなると欲求段階は第一段階の方へ向かい、低価格志向へ向かう。また消費自体も内向き志向になるため、外でというより出来るだけ家での消費になる。最近の消費者調査では、内向き消費を実感している人は7割程いて、それを楽しんでいると答えた人が65%もいた。内向き志向になると家で料理をするようになり外食産業が不況になる。特に価格の高い外食には客が来なくなる。逆にスーパーマーケットでの食材、簡易食器(家庭でのパーティー)、大型テレビ(家庭でのエンターテイメント)等の需要が伸びている。
下記表は不景気下の米国の消費者のヘルス&ビューティーに対する行動だ。高い金額を取られるので医者離れを起こし、出来るだけOTCを購入し自分で治療している。またビューティーケアや歯の美白も出来るだけ美容院や歯医者に行かず家庭内でしている。
【最近の米国の消費者のヘルス及びビューティーに対する行動】
消費者行動 |
% |
ベーシックなヘルスケア情報をインターネットで集める(診断・治療情報も含む) |
52% |
美容院などに行かず、ヘアケアやネイルケアを家庭用でする |
48% |
医者に行かずOTCで治療する |
43% |
医者に行かず、ドラッグストアなどのインストアクリニックを利用する |
40% |
ヘルスチェックのために医者に行く回数を減らす |
34% |
歯医者に行かず美白などのケアを家庭でする |
32% |
資料:アメリカニズムスタディ
現在のプライベートブランドの活躍も人々の欲求段階が低いところにある表れだ。下記表は2008年度の米国のチェーンドラッグにおけるプライベートブランド(PB)の状況を示している。金額ベースでナショナルブランド(NB)は3.6%の成長だが、PBは8.2%の成長、そして数量ベースではNBはマイナス1.4%だが、PBは4.2%の伸張だ。ある調査によると、ナショナルブランドからプライベートブランドへスイッチすることに「興味がある」「非常に興味がある」は両方でなんと82%も上がっていた。ただ景気が良くなると、プライベートブランドの勢いが衰えてくる。
【2008年度調査チェーンドラッグにおけるプライベートブランド(米国)】
PB&NB合計 | PB商品 | NB商品 | |
売上金額 | 402億ドル |
49億ドル |
353億ドル |
前年比 | +4.2% |
+8.2% |
+3.6% |
売上数量 | 112億個 |
16億個 |
96億個 |
前年比 | -0.7% |
+4.2% |
-1.4% |
金額構成比 | 100.0% |
12.2% |
87.8% |
前年比 | - |
+0.5 |
-0.5% |
数量構成比 | 100.0% |
14.1% |
85.9% |
前年比 | - |
+0.7% |
-0.7% |
資料:PLMA
小売業はお客の欲求の段階レベルに合わせて柔軟且つスピーディーに対応していかなければ衰退していく。かつての優良小売業が不振に陥りこの世から消えていった大きな要因は、過去の成功に胡坐をかいて、変化したお客の欲求に対応していなかったからだ。まさに「Change or Die(変化しなければ死を待つのみ)」である。世界No.1のドラッグストアウォルグリーンは「現状維持は後退なり」と考えている。「毎日顧客の変化に合わせて進歩しなければ、お客に支持され続けることは出来ない」ことを100年の歴史を通じて身をもって体験したことから生まれた金言である。
プロフィール
Excell-Kドラッグストア研究会(http://www.drugstore-kenkyukai.co.jp/)、Excell-K薬剤師セミナー、及びExcell-Kコンサルティンググループを率いる流通コンサルティング会社Excell-K(株)ドムス・インターナショナルの代表者。小売業、卸店、メーカーに対するコンサルテーションをはじめ、講演、執筆、流通視察セミナーのコーディネーターとして活躍。特にドラッグストア開発、ロイヤルカスタマー作り、シニアマーケティングのための実務と理論に精通し、指導と研究では第一人者。年間半年を米国で生活し、消費者の目・プロの目を通して最新且つ正確な情報を提供しながら、国内外における視察・セミナー・講演を精力的にこなす。
日本コカ・コーラ(株)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)を経て独立('90)。慶応義塾大学卒(法学)、ミズリ―バレーカレッジ卒(経済)、サンタクララ大学院卒(MBA)。東京都出身。
■全米No.1のドラッグストア ウォルグリーン
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