開発ストーリー、美容理論を紹介する。
化粧品開発の背景になる物語をアピールすることも、ブランドアイデンティティの確立には有効な方法です。
「こういった肌を追求するために、化粧品を開発した。だからこんな風に使ってもらいたい」といった美容道のプロの提案が背景にあり、それを生活者に訴求できる人をブランドの「ミューズ」として立てる。これは、豊富な美容情報を持ち、プロ並みの知識とノウハウを求める現代の女性の心を捉えます。
こういったアプローチは、圧倒的に外資系メーカーが巧みです。
たとえば、アメリカのブランド、ドゥ・ラ・メールは、NASAの航空宇宙物理学者マックス・ヒューバーがロケット燃料の実験中に火傷を負ったことをきっかけに、治療用のクリームの研究に没頭し、奇跡のクリームと呼ばれる美容クリーム「ラ・メール」を生み出したという開発ストーリーで話題を集めました。この開発ストーリーの紹介がなければ、いまのような人気は実現しなかったはず。商品が開発された経緯を生活者に伝える重要性がよくわかります。
化粧品が踏まえている美容理論も、生活者の心をつかむ要素です。化粧品を使う手順、ラインナップ、さらなる効果を得たい場合に、お手入れに追加すべきアイテムを、独自の美容理論を軸にもちろん、開発ストーリー、美容理論ともに、他のブランドと同じような内容ではもはや通用しません。独自の物語と理論が、他のブランドとの差別化をうながし、新たなマーケットを創っていくことができるのです。
また、美容理論や開発物語を象徴するような、そのブランドの核となる強い定番品を創ることも必須です。先に紹介した、ドゥ・ラ・メールには、モイスチャライジングクリームというブランドの代名詞にもなっている強いアイテムが存在します。このアイテムがあるから、ドゥ・ラ・メールは強いブランドになったともいえるでしょう。
ブランドを代表するアイテム、そのブランド名を聞いたときに生活者がまず思い浮かべるアイテム。そんな定番品を創り出すことも、ブランドの立ち上げの際に考えておかなければなりません。
心に響くブランドのネーミングを
ブランドのネーミングにも細心の注意を払う必要があります。
なんとなくオシャレ、なんとなく格好いい。そんな動機でのネーミングでは、ブランドアイデンティティを確立することは不可能です。ブランドイメージを高め、生活者の心にインパクトを与え、具体的なイメージを呼び起こすことのできるネーミングが欠かせません。
優れたブランドネームの例をいくつか挙げてみましょう。
クリニーク、そして、ディオールスノー。
クリニーク
皮膚医学者とメーカーが共同開発し、全製品100%無香料、アレルギーテスト済みという特徴で、一世を風靡し、市場の中で独自のポジションを確立したブランドです。白衣姿のビューティーカウンセラーが販売に当たるというその販売手法も、ブランドイメージにふさわしい資格的訴求点です。
ディオールスノー
美白機能を前面に打ち出したディオールの新しいブランドです。雪のように白く輝く肌を追究しているから“スノー”。シンプルで簡潔ですが、その意味は深い。効果が手にとるようにわかる、一度聞いたら忘れられないネーミングです。
2つとも、そのブランドの個性が巧みに生かされた、心に残るネーミングだと思いませんか?
もちろん、日本にもクリニークやディオールスノーにひけをとらない、優れたネーミングのブランドがあります。
たとえば、コーセーの雪肌精(せっきせい)です。
雪肌精
肌のきめを整え、くすんだ印象をとり除き、透明感のある肌にする効果をうたっている化粧品。季節や肌質、流行に関係なく利用され、すでに発売から約20年余りが経過していますが、人気に衰えが見られない超ロングセラーです。
決して派手ではないながらも根強いファンを持ち、口コミで語り継がれている雪肌精という名前には、開発意図が見事に凝縮されています。ハトムギエキスや高麗人参エキスなど和漢植物が配合された商品特性を、化粧品では珍しく漢字を使って表現し、機能を明確に伝えていく。ネーミングの極意をそこに見ることができます。
これは、時代を超えて生き続けるネーミングといっても過言ではないでしょう。ボトルデザインも美しく、決して古びることはありません。時代性を意識することは重要ですが、あまりに時代を反映し、最新の流行を取り入れてしまうと、商品のライフサイクルは短くなる傾向にあるようです。
5年、10年たっても生き続けるブランド。心に響き続けるブランド。
クリニークやディオールスノー、雪肌精のようなネーミングが、ブランドのパワーを維持していくのです。
ブランドアイデンティティを踏まえた上で、次にメーカーに求められるのは、どのチャネルで商品を流通させるのかという戦略です。
百貨店向けなのか、量販店を舞台にするのか、若い女性が集まるドラッグストアやバラエティストアに特化するのか、あるいは地域密着型の化粧品専門店で扱うのか、通信販売からスタートするのか。商品の特性に合ったチャネルに絞り込んでいかねばなりません。
ブランドアイデンティティの確立とは、ことほどさように熟慮を要する作業です。単に化粧品を作るだけなら簡単ですが、強いブランドを作ろうとするとそうはいかない。何十倍もの手間や労力がかかります。
しかし、独自の個性を持ち、マーケットで独自の存在感を示すブランドを創造すれば、その未来には限りない可能性が広がっています。まだ未開拓の需要を掘り起こすことも不可能ではありません。成功できるか否かは、ブランドアイデンティティの確立にかかっています。
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