アウトドアフィットネスに注目が集まっている。インドアフィットネス停滞の一方、手軽に取り組めるランニングやウォーキング人口が急増。そうした追い風に押されるように単なるレジャーとは一線を画した、フィットネス要素を盛り込りこんだ“アウトドアフィットネス”が、フィットネスの新潮流となりつつある。(社)アウトドアフィットネス協会設立を仕掛け、いま最も注目を集めるアウトドアフィットネス施設「BEACH®」の代表も務める黒野崇氏に、その魅力と可能性について聞いた。
アウトドアフィットネスに追い風が吹き始めたのは2006年から2007年にかけてだと思います。そのころは、Wii Fitの登場、ヨガスタジオの急増、そして街中ランニングや自転車通勤などが頻繁にメディアで取り上げられるなど、運動に取り組むスタンスが大きく変化しました。どちらかといえばメディア主導でしたが、背景には、節約志向の高まりもあったと思います。総合フィットネスクラブでは、会員になれば、プールーやマシンなどの全施設、ヨガスクール、エアロビックスなど盛りだくさんに利用できます。しかし、月会費は1万円前後。全部をキッチリ活用できれば充分リーズナブルですが、余程のモチベーションがない限り、継続は難しい。そうした中、「本当に全部必要なの?」と疑問を持つユーザーが増えはじめ、フィットネスクラブの会員制ビジネスモデル設定が次第に分散化するなどの流れがありました。そうした流れとともに、運動の心地よさはしっかりと体感した層が、インドアでマシンの上を走るよりも街中を走ったほうが気持ちよく、ヨガをするにも鏡張りのスタジオ内より公園の芝生の上で行う方がより爽快感があることを実感し、「アウトドア」へとシフト。いまは、そうした層の行動が目立ち始めているのだと思います。
私はもともと病院に勤務し、クスリや病院に頼らない治療に取り組んできました。そこでは豊富な知識を持ったトレーナーの指導による運動指導とデータ測定などによる“フィットネス”が行われ、非常に効果がありました。そうしたこともあり、多くの人が“メディカルフィットネス”に殺到しました。ところが、継続できないとまた元に戻ってしまう。つまり、しっかりしたお膳立てあればみなさん取り組めるのですが、そうでなければ続けられない。そこで私は、「継続」の2文字を重要課題として、生きがいを持って続けられるスキームづくりを模索し続けていました。その結果、たどり着いたのがアウトドアフィットネスです。私自身サーフィンをやっている経験からアウトドアの魅力は体感していましたし、やっている人たちが活き活きしていると感じていました。そこで、アウトドアの楽しさとフィットネスクラブの効率的なフィットネス理論が融合することで、心底楽しめ、そして続けられ、効果がでる“フィットネス”になると直感したのです。それを具現化するため、病院を辞め、設立したのが葉山の古民家を活用し2007年に立ち上げたBEACH。今年に入って設立したアウトドアフィットネス協会は、「アウトドアフィットネス」というカテゴリーをさらに普及拡大するために人材育成や研究などの部分を担う機関となります。
アウトドアフィットネスを具現化するにあたり、一番に考えたことは、海や山へ出かけ、種目によっては大きなクラフトも必要になるアウトドアの物理的な問題をどうやってクリアするかでした。なぜなら、どんなに楽しくてもそうしたことが「継続」にあたっては大きな障壁となるからです。そこでBEACHではまず、レッスン90分、往復で2時間で帰れることをひとつの基準としました。カヌーやカヤックなど、大掛かりな道具が必要なスポーツについては、レンタルサービスを対応することで、置き場所などの問題をクリアしました。種目もランニングやヨガ、サーフィンなど比較的手軽にできるものを中心にチョイス。さらに初心者でも取り組みやすいようプログラムもレベルや趣向に合わせ豊富に揃えました。料金もインドアフィットネス並みに設定しています。そうやって物理的課題をできる限りつぶし、非日常のアウトドアの醍醐味は残しつつ、仕組みはインドアフィットネスに近づけることで、継続しやすい環境づくりに努めました。おかげさまで、BEACHでは参加率が高く、退会率は非常に低くなっています。また、「皇居ラン」に象徴されるように街中でのアウトドアフィットネスは活況を呈しています。弊社は施設運営だけでなく、運営受託や開発、コンサルティングなども行っていますが、葉山のように自然に囲まれた郊外型のアウトドアフィットネスと並行し、公園などの施設を活用するタウンでのアウトドアフィットネスのプログラム作成などにも力を入れています。
まずいえることは、人材が圧倒的に不足していることです。注目を集めるのに比例して各地で関連イベントなどが活発に行われていますが、インストラクターが足りていませんので、早急に増員する必要があります。アウトドアフィットネスは、自然が相手になるという点で、インドアでの指導以上にさまざまな知識が求められます。リスクマネジメントが、ある意味でインドア以上に要求されるわけです。インドアでのフィットネスインストラクター資格があっても、残念ながらアウトドアフィットネスでは、厳密にいえば指導はできないのです。また、海や山と一体となるアウトドアフィットネスは、心身両面においてインドアフィットネスと比べても大きな効果が期待されるわけですが、一般に浸透するためには、そういった部分の裏付けがなくてはいけません。さらに海外のように街のどこにでも、ロッカーや更衣室などちょっとした施設があるような環境づくりを実現するには地域や自治体との連携が重要となってきます。そうした様々な部分をしっかりと固めるために、業界関係者や有識者などがメンバーに名を連ねるアウトドアフィットネス協会の担う役割が重要となります。
私はアウトドアフィットネスには、限りない潜在能力があると思っています。ビジネスという面でいえば、ホテルや旅館などから、多くのご相談をいただいております。そうした施設では、アウトドアフィットネスをプログラムに組み込むことでリソースの有効活用となり、集客にもつながってきます。冬場しか稼げないスキー場ではアウトドアフィットネスのプログラムを導入することで、通年で集客できる施設に生まれ変わります。スポーツ系の専門学校ではアウトドアフィットネスの資格を絡めたカリキュラムの導入も内定しています。将来的には教育の中にもアウトドアフィットネスを取り入れられえるよう働きかけるつもりです。屋外での活動になるわけですから、見た目もよりリスクマネージメントが重要になりますし、日焼け対策も必要になります。そうした観点から、アパレルメーカーやコスメ関連での展開もあります。既存ビジネスの再生や発展だけでなく、アウトドアフィットネスは雇用を創出する可能性も秘めています。潜在的な部分も含めたいろいろな可能性にビジネスチャンスを感じ、多様な業態の企業が、動いているのが今の状況ではないでしょうか。
皇居ランに象徴される街中でのランニングがブームとして取り上げられていますが、私の見解としては、これは完全にメディアや企業に引っぱられた一時的なトレンドだとみています。その理由は、一周約5キロの皇居ランニングをしっかりと習慣として続けるのはかなりきついからです。誘われるがままに数回は実行しても、私の印象では、最終的に残るのはやはりしっかりとした目的をもった人だけで、割合でいえば現在の“皇居ランナー”の2割くらいではないでしょうか。先にもいいましたが、アウトドアフィットネスは「継続」が重要テーマ。長い目で注目するなら、より手軽なウォーキングでしょう。私は、ウォーキングでも上半身も使うノルディックウォーキングに注目しています。2年後をメドに国民スタンダードに育てたいと考えています。総体的なことでいえば、全国にアウトドアフィットネスを広げていくために地域や自治体との連携を深め、街づくりからアウトドアフィットネスの普及をサポートしていきたいと思っています。そうやって、アウトドアフィットネスをより身近なものにして、カテゴリーとして日本に根付かせ、1人でも多くの人が活き活きと生活できる環境づくりに貢献できればいいですね。
プロフィール
アウトドアフィットネス協会理事長
(株)BEACH TOWN代表取締役
黒野崇 (TAKASHI KURONO)
大学時代、ライフセイビング部で人命救助の基礎、安全管理の重要性を学び、卒業後は病院に勤務。「なるべく病院に頼らない、薬に頼らない身体づくり」を提案する予防医学の現場に長く携わる。そこで得た経験と、サーフィンを通して知った「自然の中で身体を動かす心地よさ・楽しさ」の合致点を模索し、「アウトドアフィットネス」(商標登録)という新しい領域を考案。各分野から注目を集める。
【一般社団法人 アウトドアフィットネス協会】
URL
http://www.outdoorfitness.or.jp/
2009年3月発足。アウトドアをフィールドに個人および地域社会の健康増進に寄与する「フィットネス」を正しく広めることを使命として設立された。そのための人材育成、科学的、医学的検証などを行う。会長は、流通経済大学スポーツ健康科学部准教授の小峯力氏。
URL
http://www.beach-hayama.com/index.htm
ビジョンに「アウトドアスポーツ」「フィットネス」「メディカル」を通じた、自然と社会の融合、テーマに「生命力」「Wellness」を掲げ、2007年、神奈川県葉山に誕生した会員制クラブ。古民家を再生したたたずまいは自然に融和している。多目的スタジオ、カヤック、サーフボード、マウンテンバイクなど、アウトドアフィットネスを行う施設、道具を完備。カフェやショップを併設し、ビジターでも気軽に楽しめる。
皇居ランに代表される街中ランニングがブームとなるなど、フィットネスのトレンドはインドアからアウトドアへシフト。ランニング教室が活況を呈し、大手フィットネスクラブもアウトドアプログラムを導入するなど、その注目度は急上昇中。日経トレンディが毎年11月に発表する2010年のヒット予測ではアウトドアフィットネスが「会員制ネイチャーフィットネス」として6位にランクイン。